落葉において大変珍しい本当に日記っぽい記事
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日曜。快晴。朝八時半ごろに起床。睡眠時間は八時間くらい。
運動そのものが休養の一種である(軽い運動で血流を促し、疲労物質を流す)という話を聞き及んだ畜生は、起きて早々図書館へと向かった。
此処は”ド”が1グラハム数くらいつくほどの田舎なため、欲しい本が都合良く在架していることなど早々ないのだが、そんな「ほしい」と「ある」のベン図に奇跡的に重なっていた貴重な二冊が貸出中になっていた。そんなことあるか?どんな確率?人口五万人を切るこの部落の全員が毎日図書館を使っているとしか思えない。
あと受付にセルフ貸出機というのがあり、ついに人を介さず借りられるようになっていた。これ幸いと使ってみたのだが、操作性は申し分ないものの、受付に人がいる状態でセルフ貸出機を使って借りるというのは逆に気まずいということがわかった。マックで友達と一緒にいるのにお互いスマホ触ってるみたいな気まずさがあった。何も悪いことはしていないはずなのに……。これも学びです。
誰を待つわけでもないのに 僕はまだ許されない
ズルをしたわけでもないのに 逃げたくて仕方ない
安藤裕子 - み空
借りた本には谷川俊太郎のエッセイが含まれる。詩集はほぼすべて網羅したのだが、自伝となると数点取りこぼしていたものもあったのでこの機に読んだ。
といっても相当古い——つまり彼がわりあい若い時期の散文なので、色々いまの俊ちゃんと一致しない部分もあるのだが、中原の受け売りとはいえベートーヴェンを「ベトちゃん」と呼んでいるのには思わず笑ってしまった。谷川俊太郎を俊ちゃんと呼んでいるおれそのものやん。
あと臓器提供や検体を断固拒否しているというのは少しく意外だった。彼が自然主義者であることは自明だが、その性質はわたしが思っていたよりradicalなようだ。
私はただこころとからだをひとつに運命に従いたいだけ
野生の生きものたちの教えにならって ひとりで
誰にもせかされずに死にたいから
誰にもせかされずに, 谷川俊太郎
昼は袋麺のサッポロ一番塩らーめんを食べた。断じてこんなものを食べる腹ではなかったが、とにかく食物庫になにもないので致し方がなかった。
天気がよかったのでカーテンを開けた。新都社漫画も描かなきゃなあ、なんて思いながらしばらく借りてきた本を読んだり、Kindle Paperwhiteの『罪と罰』に浮気したりしながら何やかんやしていると四時になった。
リングフィットアドベンチャーでもやるか、と立ち上がる。運動による休養をアクティブレストというらしい。中国では恋愛も結婚も働きもしない無気力無行動に陥る「ネズミ人間」が問題になっているという話を聞いたが、私を含めこういった人種にこそ積極的休養というのは大事なのだろうと思う。もっとも、そういう生き方を「問題」と呼ぶことには私としてはちょっと異議を唱えたいところだが。
Switch2でリングフィットをやるにはSwitch1のコントローラーを手動で同期させなければならず、手順がかなり面倒だ。しかもこれは毎回やらないといけないらしい。こういうちょっとしたハードルがやる気を削ぐのではないか。しかし強い意志で敢行。
終わる頃にはすっかり日が暮れていた。これは長時間やっていたというより、十一月(あすにはもう十二月だが)の日暮れがとても急速だということです。四時から五時、五時から六時にかけて急激に暗くなる。
運動しているあいだじゅう、左上の親知らずの出っ張りが気になって苛々した。いい加減抜かなくてはなぁ。知人のうち二人が静脈麻酔で四本同時に抜いており、自分もどうせ抜くなら折を見て一気に抜いて手早く済ませたい。問題はその折をどのあたりで見るかだが……。先日誕生日を迎えたし、そろそろリミットな気はする。三十になるまでには絶対に済ませたい。
運動後、これを聴きながら原稿作業を敢行。
作業用BGMとしてASMRを聴く習慣が数年前からずっと続いている。たまに普通の音楽を聴く時もあるが、そういう場合はもっぱらNiwamoriという人のピアノを聴いてる。ついこの前やっと気付いたのだが、どうもNiwamori pianoはA=440Hzではない調律を使っているっぽい。だから落ち着くんだろうか。
余談だが、さっき貼った動画、当然のように耳舐めをしているのだが、消されないんだろうか。YouTubeくん耳舐めダメになったんじゃなかった?ゅかにゃんパワーで生かされているんだろうか。
ゲーム開発(DRITH)を少しでも進めようとするが、失敗。エターナルの気配が漂う。非日常編まで進んでいるのに何故……。まのさば若しくは2×2でモチベが回復することを願う。
思うにデバッグがやりづらすぎるのだと思う。プロローグ~非日常編までを通してプレイするより手段がなく、大変時間がかかる。セーブファイルを分ければ一応分割デバッグもできるが、breaking changeが起きるとセーブファイル自体が用をなさなくなる……。
多くのことを成功させても、このようにひとつでもやるべきことの実行に失敗すると、その日一日のすべてを失敗したような気がしてしまう。失敗濃厚のタスクは先に済ませてしまった方が良いのかも知れない。Eat That Frogとは少し違うが、重荷を先に下ろすという意味では似たようなものか。しかしどのみち失敗するのなら「下ろす」ことに成功するには「よしこれは今日は諦めよう」と自らの意志でケリをつけなければならない。そんなwillpowerがある人間は日の何時に失敗しても同じくケリをつけられそうな気がする。結局袋小路。
Slay the SpireのディフェクトのA11だかA12だかをクリアする。ネオーボーナスでハイパービームを渡され、普段ピックしないカードなのでどうしたものかと思ったが大分強かった。特にネオーボーナスで渡されたというのが良くて、1層の敵はまだ体力が低いためハイパービームひとつでほぼ一層出来る。あと2コストというのが偉い。これだけ威力のあるAoEなら3コストくらい要求されそうなものだが、この1の差が例えば「切断」のようなカードと使い勝手で大きく差をつけている。
途中でビー玉袋が売っていたので、UGハイパービーム(34)を初ターンに引ければ全体51ダメージという破格の強さを誇った。ディフェクトの要(と個人的に思っている)である「時計仕掛けの記念品」も買ったので集中力-3も踏み倒せる。もとよりディフェクトはアーティファクトが重要なクラスだと思っていたが、オーブ関連だけでなくこういった場面でも活きるというのを知れたのはよかった。今後はハイビも特に序盤に出たら積極的にピックしようと思う。
夜になればなるほど書くことがない。エルメロイを一話分観て、炊飯器に雑に白米と塩昆布を突っ込んで炊いただけのものによくわからない味の素的なものとふりかけをかけて、サバ缶とサラダと味噌汁とともにかきこむ。このような食事をもう二百回くらい繰り返している。
ここから先は未来になるが、おそらくは自瀆して風呂に入って終わりだろう。もしかすると本を少し読むかもしれない。
明日になれば十二月で、クマがすっかり冬眠してくれていることを祈りながら自転車での通勤を再開することになる。茨に引っかかって宙吊りになって死んだ谷川家の犬のように——なるかもしれない。いま、直前まで「ならないことを願う」と書こうと思ったのだが、思った段階でなにか違う気がした。「なるかもしれない」もあまりしっくりはきていないのだが、最初の案よりはマシに感じた。もっと誠実でありたい。
「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」
マタイによる福音書 26:39

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