ららら星の彼方
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そんなの悲しすぎる……。どんな映画よりこの三行が想起させる映像の方が泣ける。
ぼくは基本的に男と女の関係を怖がってるところがあって、男と男みたいな関係を持たないと不安なんだろうという気がするんですよね。性というものとは別に、仕事を通しての結びつきとか、何らかの共通にわかち合える部分を持たないと、どうも不安な感じがある。 極論すれば、男と女というのは結婚するか心中するしかないという気がするんですよ。「愛してる」とか、そういう言葉のレベルではなくて、何となくもつれこんでいくと、その二つに行き当たる。その両方を避けようと思うと、結局「お友だち」っていうふうになっちゃうという、いやらしさもあるわけだけど。
谷川俊太郎, 終わりなき対話
わかるマンすぎる。
谷川俊太郎は基本的に感情がすごく淡い人間なのだけど、いくつか明らかな怒りの琴線のようなものがあるということが分かってきた。「子ども」「本質主義」「臓器」。このうち「臓器」だけとてもややこしいので考察をエポケーするけども、基本的には権威や「であるべき」というラベリングへの反発心が見られる。
俊ちゃんは[[25-11-06_105012]]でも書いたようにとにかく聞き上手で、自分と違う意見にぶつかってもほぼ受け流し一辺倒で滅多に反論をしない。だからこそ明らかに反論している少数のケースは目を引く。
伊藤 中原中也や宮沢賢治って戦争が始まる前に死んでますよね。だから私たち、何も後腐れなく、中也だ賢治だって言えてるんじゃないかと思うんです。
谷川 戦争に加担した詩を書いたかどうかが、そんなに大きいの? ちょっと違いますよ、それ。個人じゃないところを非難しているもの。ひとりひとりの詩に対して、これはダメだって言えばすむでしょう。どうして、戦後詩とか戦争中の詩とかっていうくくりで考えるの?
伊藤 そうかー、個人じゃないところか。それはたしかに差別の根本ですね。でも、個人が集まって流れになっていきませんか。
谷川 個人は流れにならないですよ。「ならない」という態度で詩に対して接した方がいいと、オレは思っているんです。単刀直入に言えば。
中島 (子供は持ちたくない。なぜなら)自分でなるべく見ないようにしている自分自身の一番悪いところが子供に出てきそうで。
谷川 それはわからないよ。そういうふうに決めこむのは、子供に対する傲慢だと思う。 だって、子供だって自分とは違う他人であるわけじゃない。 それは、自分自身を認めるのと同じように認めなきゃいけないんじゃないかな。 だって、自分自身については、すごく嫌なところだって認めてるわけでしょう。 どうして他人を認められないの?
個人主義というより、(俊ちゃん自身が散々言っているように)「人間社会が好きじゃない」ことが強く現れていると思う。「紅旗征戎吾が事にあらず」をモットーに掲げ、賞レースを冷笑し、科学的統計を冷笑し、戦争をどうでもいいと感じ、人間社会を「退屈でつまらない」と感じている。
個人主義というと自己保存を大事にしている感じがするけど、俊ちゃんが嫌いなのはあくまで「人間社会」であって、「自分は自然や宇宙内の存在である」という自然への帰属意識は強く持っているわけです。「オレはただの生きものだ」という意識が最も強くあって、「ただの生きものにすぎないなら、人間社会に対してどんなひどいことを書いてもいいんじゃないの(ららら星のかなた, 168p)」と思っている。
すなわち、個人と社会を完全に切り離して考えているんですよね。個人・社会という二項対立というより、社会と社会以外があるだけ。「どうして『人間社会』だけを特別扱いしなきゃいけないの?」というわけです。ただ幸か不幸か彼はとにかくapatheticな人だから、それを革命だとか変革運動にしようという気もエネルギーもなかった。「人間社会つまんねえなあ」と思いながらも、貰ったどら焼きの礼状を書いたり、座談会に足を運んだり、テーマと文字数を決められた受注生産で詩作をしていたわけです。
伊藤:そしたら谷川さん、生きるって、どんな欲望があってのことですか。
谷川:別に、欲望で生きてないですよ。惰性で生きてるの。
伊藤:だとすると、じゃあ、もし今死んだとしたら……。
谷川:(微笑)別に何の問題もないけど。あなたの本の題名通りですよ、『いつか死ぬ、それまで生きる』って。
ららら星のかなた, 211p
わりと昔から、自分自身に関心がないんです。いまは、 生きている意味もなくていいと思える。
https://www.asahi.com/special/tanikawashuntaro/ikiru/
昔から自分への関心が薄かったのは間違いないだろうけど、「生きている意味もなくていい」と断言できるようになったのは80~90代になってからでしょうね。それまで何度も「生きる」意味についての詩を書き上げていたわけだから。
あっちゃこっちゃ漁って、散々探し回って、90になって、けっきょく結論「そんなものはない」というわけです。心強いね。ほんとに。
20代30代の頃に良いと思ってたものがガラガラと崩れていくさまに対して、なんとか抜け道があるんじゃないかって、それを乗り越えて何かがあるんじゃないかって思ったけど。まじでないっすね。ほんとに。
https://www.oricon.co.jp/news/2385125/full/
星野源もこう言うとる。彼はまだ44だけど……。人生経験豊富で長生きしてる人ほど結局こういう結論になっている、ということが、私にはむしろ希望に思えるのです。
巨人の肩の上に立つ。先人たちが「意味ないですよー」って教えてくれたんだから、利用しない手はないと思うがね。まあ、そう思っていない年寄りも沢山いますから、相性の問題でもあるのだろうけど。私は谷川俊太郎や星野源と親和性が高いので、彼らが敷いた道を往きますよ。
「意味がない」っていうのもひとつの答えですよね。どうも「意味がわからない」と同一視されがちな気がする。「意味がない」と断言できる状態は、もう意味がわかってますから。答えが分からずに空白で出すのと、「解なし」と書いて出すのでは違いますから。
谷川俊太郎の考えはAIに言わせると「きわめてラディカル」なんだけど、だからこそこんなラディカルな人が日本を代表する詩人となり、老若男女・著名人素人問わず万人に好かれているというのは凄いことだと思いませんか。谷川俊太郎嫌いってヤツ見たことないもんね。
べつに思想を隠蔽しているわけでもなく、来るもの拒まずであらゆる対談やインタビューに答えてエッセイ集もいっぱい出している。人間社会を好きじゃない彼がこんなにもうまく人間社会と折り合いをつけられていた訳ですから、やっぱり誠実であることに勝る好感は無いのだと思う。人が嫌われる時って誠実性を欠いた時だけじゃないだろうか。誠実であればいかにラディカルでも関係ない。谷川俊太郎は誠実だった。自らの汚点を隠そうとしないし、他人に対しても良い点悪い点まったく気兼ねなく指摘できる。というか社会性が高いんですよね。
伊藤 普通ね、88歳くらいの男の高齢者って、たいへん失礼ですけど、感じ悪い人が多いじゃないですか。不機嫌で、むっつりして。
谷川 あ、そうなの?
伊藤 死んだイギリス人の夫なんか、ずーっと不機嫌でしたよ。でも、谷川さんはけっこう誰とでもしゃべるでしょう。
谷川 おれ、愛想がいいから。人の機嫌を損ねたくないから、一所懸命お相手しちゃうわけですよ。
でも彼にとっては矛盾ではないのでしょう。なぜなら「個人は流れにならない」から。人間社会が嫌いなだけで、個人が嫌いなわけではない。偏見をもたずに「個」に接することができるんでしょうね。デコニーナみたいなのとすら対談してくれるんだもんな。
つくづく惜しい人間を亡くした。彼なき世界に正解はない。
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