【2025年12月9日】09:15:03
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「首は」ではじまる文章、「首輪」と錯誤しうるということに気づいた。
- 首はおつらくないですか? / 首輪、おつらくないですか?
- 首は触らないで。 / 首輪、触らないで。
Already broken!?(dear putin)
激鬱状態になるトリガー、あまりにも明確すぎて馬鹿馬鹿しくなってきた。やはりもう誰もいらないと思う。インターネットでは袖振り合うような関係を築けない。インターネットで10年付き合いがある人間より現実で落とし物を拾ってもらっただけの人のほうが大事だという感覚がどうしてもあるし、それは多分正しいのだと思う。わたしのリアリティだから。
言語によってしか要請されない、意味の橋の上にしか築かれない人間関係がすごく窮屈。谷川俊太郎も苦しんでいた「義理人情」の世界。犬猫と築かれる関係の方がよほど健全で強固なんじゃないだろうか。
当たり前のことだが当たり前のように気付けなかったこと。
人の死が悲しいのではない。人の死後が悲しいのだ。人が死んだ瞬間より、死んだあとの亡骸を抱えて泣いている人を見る方が悲しみを感じる。死体が目の前にあるときより、墓の下に入ってしまってからの方が悲しい。
失くしてから、初めてわかることってあるんですね。
自分がどれだけ彼女の笑顔に救われてきたかって。
もうあんな風に口喧嘩することも、笑い合うこともできないんだなって。
養老先生が言うように、死は他人のものだ。「死後」をもたない「自分の死」は意味がない。自分の死は他人しか感じ得ない。また誰かの死もその誰かには感じ得ない。死は問題ではなく、死後も世界が回るということが悲しみの根源なのだ。
わたしのいない世界を
上から眺めていても
何一つ 変わらず回るから
少し背中が軽くなった
世界(マクロ)は変わらず回っても、人(ミクロ)はそうはいかないだろう……。
逆説的だが、人は死ぬことによって他人の中でより強く生きるのだ。
ボカロ100選を作った。更新はまだされてないが。
wikiを見てると、再生数と選者数の比率でだいたい曲の真の良さのようなものが測れる気がする。
目を引いた曲のうちに「Goodbye, Shoegazer」があって、再生数6368(記録当時の数字; 今は2万)で選者数が18人。これがどれくらいすごいかというと、参考までに再生数50万のトリコロージュの選者数は8人です。ありえんだろ。
再生数を選者数で割った比率を「楽曲真正性(music authenticity)」とでも定義しましょうか。Goodbye, Shoegazerほか、初音ミク『逐電』、IA『poolside railway』、ORIGAMI『どくんどくん』などもMAが高かった。わたしも聴いてみたが、これらの曲は軒並みよかった。
魂のコメ返(12/21追記)
こんばんは。散文書かせて下さい(消してokです)
以前配信者の推し活をしていると書いた者です。
本日予告なく配信者がアカウントを消しやがりまして、我々が共に歩んだ数ヶ月が跡形も無く辿れなくなりました。はらわたが煮えくりそうになったりしゅんとしたり忙しいです。沢山時間を使って残した(クリップ)ので、せめてそれだけは大事にして欲しかったのに…。一応関係のある第三者曰く存命との事で言伝を聞かせてくれて、何て他人行儀なのだろうと思いました。愛を与えれば返ってくる世ではないのでしょうか?苦しいです、評価して下さい😭!
https://rakuyo.pages.dev/blog/%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97%E3%82%92%E5%A3%8A%E3%81%9B/
( つ•᷅ࡇ•᷄ )つ…
「愛を与えれば返ってくる世ではないのでしょうか?」というのが質問だと思うので、これはもう藤井風に聞いて下さい。何度も回答しています。
気づいてほしい 認めてほしい
それだけの行為だった
返してほしい 愛してほしい
そんなの愛じゃなかった
やば。 藤井風
愛される為に
愛すのは悲劇
満ちてゆく, 藤井風
引用で回答して終わりなのも狡い気はするので私見を述べるなら……。うーん。推している人が「予告なくアカウントを消した」時、怒りがまず最初に来るなら、さすがにそれは愛ではないんじゃないでしょうか。「心配」が最初に来ないか?
前回のコメントというのが一瞬思い出せなかったんですが、おそらくこれですね。これも踏まえて考えてみます。
コメ返面白かったです!
私は寂しさを紛らわせるのに、
過疎配信にコメントしに行ってます。
好きなシーンは切り抜いて推し活も兼ねてます😏
その結果ちゃっぴーと話さなくなりましたw
来月は配信デトックスしたいので、その時にGeminiとお話してみようと思います。ご助言に感謝です!
「過疎配信にコメントしに行く」。これね。ああ、そう考えるとちょっとニュアンスが変わるのか。過疎配信ってことは認知されているということで、どれくらいの関係だったかは知りませんけども、この方視点では断り無くアカウントを消されたらちょっとムっとするような関係ではあったのかもしれない。ghostingですからね、いうてしまえば。ここまで毎回過疎配信にコメントしてやったのは誰だと思ってるんだ、切り抜き作ってやったのは誰だと思ってるんだ、恩も返さず夜逃げか、と。
えー、では尚更これです。
気づいてほしい 認めてほしい
それだけの行為だった
返してほしい 愛してほしい
そんなの愛じゃなかった
やば。 藤井風
ただ、ここからは根拠薄弱な推測になりますけど、「はらわたが煮えくりそうになったりしゅんとしたりする」のは、「もしかして自分のせいなのか?」という疑惑や自責の念が何処かにあるからではないでしょうか。
あのコメントが気に障ったのか? 切り抜きは迷惑だったのか? という不安と、それならそうと言ってくれよ、黙って消えるなんて無責任だ、という怒り。これらが混在した結果、はらわたが煮えくりそうになったりしゅんとしているのだとしたら、これはもう、

まずはおめでとうですね、こんなもんは。そういう話だとしたら、実は私もかなり似た経験があります。というか、原体験です。
大昔、まっしろノートというウェブサイトがありましてね。そこの小説が好きで、サイトの掲示板によくコメントを書いていました。管理人様のことを褒めたり、あるいは小説リクエストをしたり。あの場だと多分いちばん活発に活動してたかな。
そうしたらその管理人がですね、いきなりサイトを閉鎖いたしまして。忘れもしません、閉鎖ページに書かれていた言葉を。まあいちいち引用したりはしませんが、解釈次第では「あれ?これ俺のせい?」とも思えるような文でした。
ただ。私は怒りは一切抱かなかった。深い深い罪悪感と悔恨だけが遺った。でも、そう在れたのは曲がりなりにも遺言めいたものを遺してくれていたから、相手方の気持ちがハッキリしていたからだと思うんです。ところがこの人は無言で去られたわけだから、そこの気持ちのやり場がないんだと思う。
なので今その罪悪感と怒りのミックスジュースに対してできることがあるとするなら、性善説をとってください。あなたのせいじゃありません、絶対に。少なくともあなたのせいだけではあり得ません。人が辞めるのは人の問題だから。そこに悪意はなく、ただその配信者が疲弊し尽くしてしまったというだけのことだと思うのです。
これをフルで赦してやれたら、もう、あなたの器はハートの器入手したくらい大きくなりますから。あなたが全方位において上位存在になれます。Wish you luckしてやってください。あなたも身軽になれます。
あるいはね。連絡先がわかってるなら、いっそ直接聞いてみてもいいです。どういうつもりなんだ、と。ストーカーみたいじゃないかな?と心配するかも知れませんが、モヤモヤするよりはマシだと思われます。ただしやり取りは最初の一回だけにしましょう。何度も送るようだとこれはもう修羅だから。気持ちが判明したら、どんな真実であってもそれを受け止めて終わりにしましょう。
私が言えるのはこんなところです。
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