26-5-6_1458
この記事を閲覧するにはアカウントが必要です。
長椅子にほんの数分間横になっていると、たとえようもない歓びの瞬間が訪れた――時間は四時。午後の光が、鮮やかな青いガラスの花瓶に活けてある二本のアメリカシャクナゲの枝に当たり、その深みのある白い花を浮き立たせている。部屋全体に花の存在感が満ちあふれ、私はただそこに横になって目を奪われていた。
『74歳の日記』メイ・サートン
早くこれになりたい。

画面が面白い

嗚呼「できる」ことの魔力よ。サンズ、君は正しい。

ハアハアハアハア
やはり1人あたり15時間くらいかかる。おそろしいゲームや……。そんなボリュームある感じしないんだけどなぁ。なぜだろう。ペルソナ然りカレンダーシステムというのはボリュームが強制的に膨らむのか。
ザウアーとかいうWikipediaすらない意味不明な宗教学者の本を読んでいる。
利他的罰(第三者罰)の項が興味深かった。ザウアーの本自体は西洋バイアスまみれで退屈なんだけど、紹介されてる論文を逆引きしたら面白い。
Fehr & Gächter (2002):「罰があれば協力が育つ」
Herrmann et al. (2008):「でも国によっては、協力した人まで罰されちゃう…(>_<)」
Nikiforakis (2004):「しかも反撃が許されると、罰の力は消えちゃう…(>_<)💦」
Dreber et al.(2008)「そもそも罰を使う人は損する。赦した方が得」
ということです。だから個人的な復讐を禁じて、法律や警察みたいな「中立の第三者」による正式な制裁機構を作る必要があったんですね。
(なおGächterは2008年にレスバの反撃を試みているが、NikiforakisやDreberの指摘をまったく考慮出来ていなかったのでほぼ意味がない)
ここで気づくわけです、市民間の問題を中立の第三者として国家が制裁することはできても、国家間の問題を中立の第三者として解決できる機関がないことに。つまり世界政府の欠落。国連はあのザマだし。
中立の第三者、執剣者と名付けましょうか、彼に必須の要件は「対立しているAとBのどちらが勝っても個人的に得をしない」ことです。国家が暴力を独占できるのは、市民AとBが争っている時に、私的な理由で片方を不当に勝たせる意味がないから。国家は公正を保つことが国家にとっての最上のメリットなので、「Aだから勝たせる」「Bだから負けさせる」ということはありえなくて、「◯◯をしたから」勝たせる/負けさせるのです。
ところがこれを国家間の争いで考えると、こんな存在はありえないんですよね。193ヶ国の何処でどのマッチが起きても私的な損益が生まれない国がない。
核という暗黒森林抑止が結局われわれが実現可能な範囲での最大の平和への道だというのだから、まさに「どうやったって愛し合えないみたいだね」って感じです。
alichu art: “I have a sensitive nose”

なんだなんだ
Grove,sky and I are all painted over by Rain (雨に 林と空と私が塗りつぶされる) ,this Titel is freom a Japanes poem “The Rainy Season”(梅雨) ,which by Tanigawa shuntaro. The rainy season is generally from May to June. This particular season is like a memory that contains smells, things, and people. No matter what time and space you are in, there will always be a sense of nostalgia . Even the notes are as wet as they are in the rainy season. The subtle influence of electronic effects on every notes or sound and the adjustment of timbre is like the landscape in this season, macroscopic and microscopic, to me, it is “there is a dampness in the sound of thing”
drunkすぎるだろ。ウォッカ14杯くらい飲んでから書きました?gawaじゃなくてkawaだし。
これ、「me-time」と呼んだらアガるんじゃなくて「isolation」と呼んでサゲてるだけだろ。と思って元論文あたったら「どちらの群も一人で過ごすことでネガティブな感情は減少した」と書いてあってそれ以前の問題だった。
そんなわけなくない?減少の程度に差はあったようだけど、一人で過ごしてネガティブな感情が増大しているグループがないことが信じられない。
me-time>time alone>solitude>being alone>isolationということらしい。じゃあ今後すべての時間をme-timeと呼んでいこうかな。

この理屈でいくとkrnb作品とかは軒並みフリーになるのかしら。それは複雑ではあるが、悔しかったら墓から出てこい>>1!とも思う。
最近気分が悪いと思って履歴を見たら、Xのタイムラインを非表示にするプラグインを無効化した日から急激に体調が悪化してて、さすがって感じです。
蠱毒というかなんというか……。食うものが吐くものを形づくる。見るものが思うものを形づくる。学習するものが出力のweightを左右する。これらの法則を強く覚えておいてください、そうすればソーシャルメディアから距離を取ることの重要性がわかるようになるはず。
それを見なければならないあらゆる理由は辻褄合わせで、99.9%、他の手段で上等に代替出来るということに気づいた。Xをやめる!と決意した翌日、あなたを再びあそこへ引き連れようとする何らかの言い訳が靴を揃えてやってくるでしょう。ちゃんと言い分を聞いて、そのすべてが詭弁であると気付いてください。無差別に貢献がしたいなら赤十字にでも寄付した方がずっと良い。



記事の感想を伝えられます。
感想レターを書く
定型文を選択
スタンプを選択