おまえはすごいよな
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To 全人類: おまえはすごいよな…。
絵描いてる奴、執筆している奴、音楽やってる奴、ゲーム作ってる奴、どいつもこいつも偉大だッ!(ディエゴ)
もうなんもしてないしする気が起きない。まぁ、グルグルはいつか使えなくなるものですから。早いか遅いかの違いだけではあるんですが。
なんだろう……もう、物語という物語にうんざりしている。正直言って。数年前からずっとそうだったはずなんだが、谷川俊太郎の本にそれを言語化されてハッキリした。
これが2020年以前あたりまでの私と比較した最も大きな差異でしょう。人生を物語と見做し、物語性を高めることを至上としていた頃の私とは決定的に違う。
そんでもって、今の世界って養老先生がいうところの脳化社会だから、物語で満ち溢れてるんです。すべてを物語に置換しようとしていると言っても良い。石ころひとつさえ無意味であることを許されない。もう、うんざりペポ……。
木が立っている
とだけ言いたい
他は何も言いたくない
一本の木が
地べたから生えてきて
どこへも行かずに
立ち尽くし
今も立っている
誰に向かってでもなく
そう言いたい
葉が散っただろう
花が咲いたかもしれない
眠ることを知らずに
深夜も立っていただろう
誰にも気づかれずに
それだけでいい
木, 谷川俊太郎
私、木になります!(決意の千反田える)
芸術家をやめて木として生きていよう。コミュニケーション能力が低いから。
逆に、逆に(出たよ)いっそマンきらでも見ようかな。きらら作品……いや~でもあれも物語じゃないっすか。物語でないとしても属性じゃあないっすか。百合は百合であること自体が属性であり物語の記号になるから、それを必然とする作品は嫌だな。
じゃあどういう作品なら物語にならずに済むのか。『幸せなひとりぼっち』とか……?フリーレソとかはけっこうアンチナラティブ寄りな気がするな、少なくとも一期序盤の範囲では。
庭先で小鳥が五六羽何か啄んでいる光景、青空の美しさ、そういったものをなぜ人は描けないのだろう。世界一売れた映画さえ青空という作品の足元にも及ばない。自然という作家の作品が物皆うつくしすぎて、サピエンスが創るものにかまけている暇がありません。
私は花を捨ててゆく、ものみな芽吹く三月に……。わたしが詩という作品形態を好んだのは、おそらく其れが青空の美しさを表す上で最も漸近した表現方法だったからでしょう。
雨に
林と空と私が塗りつぶされる密雲に
燐光がある庭に
苺の赤が耐えている時間に
雲が乗らない物音に
湿度がある雨に
私と空と林が濡れる
梅雨, 谷川俊太郎
嗚呼……………。
まあ、詩人に成ることもできないし、すべては言い訳です。だから大人しく、そして心から、「おまえはすごいよな…。」とだけ捧げます。汗水流して働き、或いは創造的活動に身を投じ、或いは間断なき自己拡張に刻苦精進しているこの世の全てのサピエンスに。
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