2025年12月8日:午前9時23分43秒
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自分が感じることは全部リアリティがあるんだと思うようになり、「こういうふうに感じちゃいけない」とか「こんなことは思っちゃいけない」といったことがないんです。
https://gendai.media/articles/-/131373?page=2
最近この言葉の意味がわかってきたような気がする。今までずっと後半の部分にばかり着目してたけど、俊ちゃんがほんとうに強調したかったのは前半なんじゃないだろうか。
「自分が感じることは全部リアリティがある」。直感的にわかりにくい表現だから今までストンと来なかった。しかし彼のエッセイを読んだ後だと浸透してくるようになった。
たとえば俊ちゃんは自分の詩に曲をつけられることに関して、基本的にはうれしいとしながらも「二度と聴きたくないものもある。『この音楽じゃおれの詩は活きないな』と思うことがある。作曲家には言いませんけど」というようなことを言っている。
彼は「詩は歌に恋をする」というテーゼをずっと掲げている。噛み砕いていえば言葉より音楽のほうがえらいということ。しかしそう思いながらも、音楽に言葉を汚されるような感覚になることもあるわけだ。こういった「矛盾」を俊ちゃんは気にしないどころか両手を広げて受け入れる。人間の生き様とはそもそも矛盾しているものだと。矛盾がない人生なんか人生ではないと。
感情の矛盾をむりやり調停しようとしない、というのが「自分が感じることのリアリティ」を抱き留める生き方なんじゃないだろうか。
本。
訂正可能性の哲学、130Pくらい読んだが面白い。ただ政治的思想が強すぎるような気もする。リベラルだとか右派だとか左派だとかいう単語がもう200回くらいは出てきている。そうしてまたこの人がリベラルが嫌いだということもあまりに見て取れる。ただ「リベラルが大嫌いなんだろうけど、頑張って反リベラルに寄りすぎないようにしてるな」という努力もまた明瞭に見て取れるし、その姿勢こそが大事だとも思うので容赦してあげます。Wikipediaを見る限りパーソナルな経験がリベラル批判思想に強く影響している気がする。これだからダナ人は……みたいな。
本人のTwitterアカウントが17万ツイートというのを見て正直辟易してしまったが……。『やさしいがつづかない』の人のほうが、間違いなく人間としてはagreeableなんでしょうね。disgustingな人のほうが面白い本を書くと考えるとそれはそれで物悲しい。
椅子。
なやむ~。EHP2-LPL-DR-BF-BKがいいのかなぁ。椅子の3大巨頭オでいうとアーロンチェア、エルゴヒューマンプロ2、コンテッサ セコンダみたいな感じらしいけど。値段でいうとエルゴヒューマンが圧倒的に安い。しかし中国産か……。
流石に試座しないことにはわからんかぁ。うーむの顔文字。名古屋くらいしかないしなぁ。
でもまあ行くとしても冬休みかなぁ。誰か一緒に行かへん?(なぜ?)
人からの誘いを断り続けてきたことにすごく罪悪感と悔いがあります。いずれも行きたくないわけではなかった。色々都合が合わなかっただけ。しかし向こうからすれば言い訳にしかならないでしょう。
昔に遡れば遡るほど、たしかにわたしは誘われていたのだ。誘われていたのだ……。それをすべて跳ね除けてしまったのはわたしだ。
何故気にしてしまうのですか 本当は愛されたいのですか
その手を離したのは誰ですか 気が付いてますか
ハロ/ハワユ
今になって取り戻したいと思ってしまう。かといって自分から誘い直すような勇気はない。
ひとりんぼになって当然か、こんな人間は……。
🥺
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