星野源とかいう
この記事を閲覧するにはアカウントが必要です。
祈り遠き愛しさも
君も消えるよ
「Memories」, 星野源
人はやがて消え去るの
すべてを残さずに
綺麗にいなくなり
「光の跡」, 星野源
ただ
燃えて消えて
居なくなるの
ベタな
雲の上の再会もない
「いきどまり」, 星野源
もしもの時は側に誰もいないよ わかるだろう
今まで会った人や
残して欲しい拙い記憶も
「もしも」, 星野源
あっつ。
どうやって生きてるんだ、こんな状態で。絶望していても幸せ、何も興味がなくても幸せ、というのが彼の言です。
星野源は変わったようで一貫しているのかもしれない。「救いなどない」ということが一番言いたいんだと思う。
無駄だ ここは元から楽しい地獄だ
生まれ落ちた時から 出口などないさ
「地獄でなぜ悪い」,星野源
いつでもみんな救いを待つだろう
何もできずに
「ワークソング」,星野源
で、「救いなどない」上で、「それでもいいじゃん」ってことが言いたいわけ。
Q: 星野さんは「希望」を持たずに、人は生きていけると思いますか?
A: うん、生きていけると思います。改めて「希望は要らないな」と、最近感じていて。そもそも「希望ってなんだったっけ?」って。「新年会で行きたい店の第一希望は焼肉屋です」とかそういう意味の希望はあるけど、「何かを救ってくれるもの」みたいな意味合いの希望は存在しないと思う。逆に絶望は確かにある。でも、それでも今まで楽しく生きてこれたし、希望ってないといけない気がしてたけど、そもそも希望なんていらないじゃんっていう結論に今、辿り着いたって感じですね。
https://highsnobiety.jp/p/gen-hoshino-interview/
救いがないからこそ、「ただ地獄を進む者が悲しい記憶に勝つ」んですね。
ニーチェが「神は死んだ」と言った時、神の代替を探そうとしたわけだけど、星野源が「希望は死んだ」と言う時、いやそもそも希望なんていらないじゃん、ってことを宣言したわけです。希望不要。虎杖殺しちゃお。
物語つづく 絶望をつれて
「知らない」,星野源
……しかしこれは結局突き詰めると「クソみたいな世界だけどなんとか生きていこうぜ」メソッドでは? 魔法がないと不便だよな。
「クソみたいな世界」を前提に据えると、逆接で続けるしかないのか? それってシャバくない? ああそうか、だから「クソみたいな世界」を歌うことから根本的に退却する必要があったんですね。『鏡面の波』のようにニュートラルでありたい。
えーと、ちょっと考えよう。大ヒントだこれは。「クソみたいな世界」を前提にした歌(e.g. うっせぇわ, ロキ)は、結局「クソみたいな世界だけどなんとか生きていこうぜ」にしか派生し得ないので、
- きわめてパーソナルにする (e.g,地獄先生)
- きわめて物語的にする (e.g.『K』)
- きわめて抽象的にする (e.g.鏡面の波)
- 「うつくしい世界」を歌う(e.g.ALIVE)
などにした方がニュートラルになる。
厭世による連帯感がZ世代の核となっているが、厭世している癖に連帯しようとするのはシャバい。もう、うんざりです。良い悪いよりずっと先の段階として、うんざり(enough)。余剰すぎる。一日にいくつの「クソみたいな世界だけどなんとか生きていこうぜ」が生まれてるんだ。このメッセージ自体がすでに具体的すぎるから、具体性のあるシミュラークルが量産されており、より腹に貯まる。
言語ゲームによる直接的なメッセージ性を放棄すべきなんですよ。歌なんだから!本じゃねぇんだからさ!だからSweet Surrenderより前奏曲の方が良い曲なんです。引けないね、ここだけは。
penfriendという言葉を知った。ネッ友って広義でのこれじゃね? 今後その分類をすべて「ペフレ」と呼んでいこうかな。みなさんは私のペフレです。
EDのこと中国語で「片尾曲」って言うの、いいな。
overthinkみたいな曲を作りたい。
星野源の曲のうちで『もしも』がかなり好きだという話を何度かしてるのだけど、あれが良いのは、
もしもの時は
側に誰かがいれば 話すのかな
今まであったことや
残してほしい つたない記憶を
からはじまって、もしもの時を色々と夢想して、最後の最後に
もしもの時は側に誰もいないよ わかるだろう
今まで会った人や
残して欲しい拙い記憶も
で終わるってことですよ。今までやったこと、浮かぶ笑い、零す想い、晴れた日のこと、何もかもは意味を為さなくなるという宣言です。もしもの時は側に誰もいないっていうのは、物理的な話だけじゃなくて、もっと広範な孤独を歌っているわけ。だからわざわざ最後の2行を入れている。祈り遠き愛しさごとすべて消えるということ。
死を誤魔化さない。それが星野源の魅力の一つです。
ローカルで使える音楽生成AIの中ではかなりpromising。特に既存のトラックに音を足す機能があるのはアツい。
いつから人生がつまらなくなったのかわかった。AI Studioがナーフされてからや。オムも死んだ。むり小も死んだ。死んだ死んだ死んだ。

!!?!?!!?!?!?
は、はこふね……///
テカサー……前から思ってたけど「匂いフェチ」という暴露って軽く扱われ過ぎじゃないか?フェティシズムを公開する行為って大なり小なり異常性を披瀝する訳だからもっと深刻だと思うんですけど、こんな自然にドロップします?常識改変世界みたいでムズムズする。「俺フェラチオ好きだからね」の方がまだ恥ずかしくなくないですか?半ば本気でそう思うわ。だってフェラされるのはサピエンスのオスならみんな気持ちいいじゃん。匂いってそうじゃないでしょ。性にまつわる普遍性と性にまつわる特異性なら特異性の方がmore privateなんだから普通そっちのが恥ずかしいんじゃないの?俺が霧切響子なだけですか?
https://x.com/e98SnMZJchhlqjt/status/2021926683192758509
そうですか
もう見た↓
不幸や不条理を感じているときの方が創作が捗るので、本来安心できるはずの幸せが不安材料になってしまう。「リア充に文学はいらない」と文学の先生も言っていた。酷く納得した。芯から幸せになってしまったら、心の隙間を埋めるための文学や芸術も必要なくなれば、作品を作る必要もなくなるのだろう。
アボガド6 (@avogado6) - 2017/02/15 22:35
https://x.com/avogado6/status/831859363190943744
2627文字より142文字♪
「ほんとうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるならば」
太宰治
信じさせるための圧縮を、言語以外で行えるのがアートということでしょうな。……そうなると言語のみに依存する表現体系はもはやアートでなくなるのか?まあ、そうなっても別に私ゃ問題ありませんよ。



記事の感想を伝えられます。
感想レターを書く
定型文を選択
スタンプを選択