圧力の下で
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ブロンズがV3やってて横転してる。お前スーダンやったの13年くらい前だろ。
OCでアキネイターしたら、あまりにも知らないアニメのあまりにも知らないキャラが出てきた。
- SERVAMPのクロ
- 無人惑星サヴァイヴのルナ
SERVAMPってやつは意外と有名らしい。1ミリも知らんかった、名前すら聞いたこと無い。
下書きも書き直しもプロット練りも一切なしで漫画を書くのが楽しい、みたいな記事が流れてきた。
神絵師の序盤はそんな感じだったし気持ちはわかる。さて問題はこれを執筆に適用できないかということ。
PYQ時代とかはまさにそんな感じだったんだけどなぁ。MAKE 創作 GREAT AGAIN。
前もSSを書こうとして結果それなりに地の文のある文章が出来上がってしまったし、かなり問題がある。
とにかく「ハードルを下げることに慣れる」必要がある。セルフ・ハンディキャッピングとかじゃなくて、今勝負の舞台にすら立ててない。リングに上がることさえ出来てないうちから戦い方の美醜について語ってもしょうがない。
あえて底の底まで下げたSSを書こう、まず。そうすることで世界は変わるのではないだろうか。
サトシ「うおーーーーーーピカチュウだいばくはつだああああああああ」
ピカチュウ「ピッカアアアアアアアアアアアア(爆発)」
ドガアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!!!!
みんなは4にましたw
~おわり~
好しこのレベルで良い。はるかに良い。むしろまだ落とせる。あんQの時代にはこの程度ザラにあった。

なんならこの辺はもうソレだろ。
しかし近年のわたしのストーリーライティングの悪癖として、すべてがエロに寄っていくというものがあります。これでは藤本タツキだよ。(シャア)
低品質なのは良い、だが必然性もなしにエロに寄るのは良くない、流石に。パンチラとかそういうレベルの話ならいいけど、シャレにならないレベルで寄ってしまうことが多々ある。新都社漫画もあんなにエロを描く必然性は毛頭なかった。
すべては虚飾が邪魔しているのです。恥や外聞を捨てられず、結果的に最も恥をかく。
SSのテーマを募集します。知ってる作品ならなんでも書きます。ただしクオリティは上記のとおりだが。
***
バットはふらなきゃ当たらない。世界は書かなきゃ生まれない。
オカ研シリーズやアウトキャストシリーズを読み直してわかったことがあります。わたしは書きながら世界を膨らませていくタチです。つまり、やはり、何にも先にも書かねばならない。
固定化されるのを恐れるのも結構だが、もうすでにammoが無いんですよ。補充が先だ。
他者がmy岬であるための最小要件は
- 自己肯定感が地に落ちている
- 自分より下の人間を見ると共感して和む
- 誰かに必要とされたいと強く願っている
- 私に好感をもっている
- かわいい
の5点とします。こういった他者が目の前にあらわれた時、私は岬を召喚できたと謳おう。
[[中原岬を召喚する7:召喚の定義]]
ダーリン、岬はもういらないわ。
もって1ヶ月だろう、という気がする。仮に上記の定義を満たす完璧な岬が我が眼前に現れたとしても。
いや、向こうがじゃなくて、こっちがね。こっちがもって一ヶ月。飽きずにいるまで一ヶ月。
そういえばいつか恐ろしいことを言っていた気がする。
本当に極論を言えば適当な人間を骨の髄まで依存させて、わたしが飽きたら殺して捨てるを繰り返すみたいなのが理想ということになってしまうんでしょうか。
[[依存^2]]
ACGを摂取するのって基本的にこれとやってること変わらないと思う。少なくとも私の中では。
ミソはね、「依存させる」というのは「支配できる」という意味ではまったくないということですよ。ヘーゲルが既に言っていますね、奴隷こそ究極の主人であると。朝凪先生も言っております、「オレはどこかで期待していたんだ こいつがオレを打ち倒す龍ではないかと」。
永田さんが言う通り、思い通りのことしか起きないならつまらない。それこそが飽きる瞬間だろう。適当な人間を骨の髄まで依存させて、そのうえで飽きさせないことを期待しています。
最近わかったが、予想通りがつまらないのではない、予想がつくことがつまらないのだ。英語には「Called it」という言葉があります。ほらみろという意味です。ヒトには「ほらみろ」の快楽がある。だから「予想通り=つまらない」という式は少なくとも全称命題としては明確に誤りだ。真につまらないのは「予想がつく」という状況そのもの。感覚そのもの。ついた予想が実際当たるかはもはや関係がない、程度が知れている状態がよくない。
この病状の厄介なのは、真偽などカケラも関係ないということです。インド旅行をしたことがない人間であっても、インド旅行がどんなものが「予想がつく」なら、それは既にfunを削いでいる。錯覚だろうと誤解だろうと関係ない。予想が当たる外れるの前に、予想を検証するステージにすら行こうとしませんよって話。外部の力によって引っ張って連れて行かれない限り。
「予想がつく」のは徹頭徹尾内在の問題なのです。そしておよそ不治。彼が快楽を得るには、予想つき病患者でさえ予想が及ばないextremeな状況しかない。あるいは予想の検証をしてくれる友がいるか。
しかし予想が外れるぶんには良いが、よく当たるようだと後者の手は効かない。わたしは己が「予想がつくと思い込んでいるだけの小童」であると思いたかった、信じたかったが、近年の様子を見ている限りだと、どうやらそうではない。ここ数年は未知のアクティビティに多く飛び込んだが、予想を検証しても結果は変わらなかった。救いはないだろうという予想と、救いよあれという祈りをもって飛び込んだ新体験は、すべて予想通りに終わっている。厭いっそ下回る。男娼でさえ!
「some men just want to watch the world burn」ってあるじゃん。あれ、破滅を見たいんじゃなくて、破滅以外をもう見たくないってことなんですよね多分。破滅以外を心底見飽きた。もう破滅以外見るものが残ってない。そんな瀬戸際なのだと思う。
[[エプスタインに告ぐ]]
すべてが破壊され再生されるような革命に託すしかないんです。これ以上は……。
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