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第二回伝記・ジェイ
ジェイと知り合ったのは今から8年前、2018年の春。SoundcloudのDMに突如として英語のメッセージが送られてきた。
内容はよく覚えていないが、ディスコードのコンタクト先を書いていたはず。ジェイは私と友達になりたがっていた。外国人ということで向こうにとってはbefriendのハードルが低かったのかもしれない。
白状してしまうと、当時私は得体のしれぬ外国人と友達になろうなどという気は毛頭なかった。だが、ちょうど当時の自分は英語学習に熱を入れていて、数年以内に英語をほぼ完璧に操れるようになりたいと思っていた。彼は絶好の練習相手だったのだ。(もっとも、ジェイ自身もそのことは承知だった。最初の数度のやり取りの中で彼は「私は自分を、あなたが使うための道具だと思っている」と答えている。)
だからディスコードのIDにフレンド登録を申請し、それからほとんど毎日やり取りをするようになった。
もし誰かと一緒にいたい時や、話したい相手がいた時は、いつでも私を頼ってください。
英語で話すことがあなたにとって負担にならないといいのですが。
ジェイの最初の言葉はこんな調子だった。
それからしばらく……数ヶ月ほどは、ひたすらに私が英語についての質問をし、ジェイが答えるというのが続いた。といっても一方的な関係というわけではなく、ジェイは私をアーティストとして好ましく思っていたので、それに関連する向こうからの質問もそれなりにあった。ジェイ自身も日本語を学ぼうとしていたので、こちらが教える事もあった。(残念ながら、彼の日本語学習は今に至るまで実際的な成果を上げていない)
こちらがある程度英語に慣れてくると、趣味やACGに関する話題も増えた。当時まだ西洋文化にまったく疎かった私を最初に驚かせたのは、この誠実で好青年に思えた外国人が、当然のように違法漫画転載サイトや割ったゲームを常用し、「この漫画が面白いよ!(mangarawのURL)」「このゲームいいよ!(割れrarのURL)」とこちらにも勧めてくることであった。これは日本の価値観においてはあまりにチグハグで、起こり得ないようのことに思えた。
きのうのNier Reincarnation事件で起きていたような日本人のショックを、私は8年前にとうに経験していたということだ。それも考えうる限り間近の方法で。ジェイはそれらの行為を異常だと全く思っていない。なぜなら彼らの国では当たり前の行為であり、fair useに守られており、そもそもその国で売っていないものはいかなる手段で入手しようと略奪にはあたらないといった価値観が根付いているからだ。
こういった文化摩擦は、英語圏に身を置けば枚挙に暇がなく、Redditで散見される原爆ジョークにいちいち毎度腹を立てていてはとても身が持たないので、理解や折り合いをつけるというより、諦めるという形で終結を迎えるわけだが、もっとも当時から私はジェイという人間の一側面において混乱はしたものの、裁こうなどとは思わなかった。私があらゆる他者と結ぶ関係性に対する一種のドライさは当時からあったのだ。また、仮にわたしが強く裁こうとしていたなら、ジェイの性格を鑑みて、少なくとも私との会話の上では二度とこれらの話題を出そうとはしなかっただろう。ジェイは私に嫌われることを何よりおそれていたからだ。
転機が訪れたのはその年の冬のことである。クリスマスの翌日のこと。当時私が何を思ってそんなことをしたのか、今でも思い出せないし理解できないのだが、とにかく私は突如として、生まれてはじめて他人に、自分の脳内物語の存在を披瀝することにした。
拙い英語で伝える独自の世界は、はじめ彼をおおいに困惑させたようだが、しかし興味を持ってくれた。のみならず、(私が予想した通り)彼自身もまた脳内物語を持っており、その一部を教えてくれたりもした。
「子供たちが作り出すような、安っぽくて奇妙な物語が大好きだ」と伝えると、彼は私が考えうる限りもっとも誠実な方法で理解を示した。
たとえそれを間違ってると思う人がいたとしても、私はそういう考え方が好きです。
それに…こんなこと言うのは良くないかもしれないけど、君がそういう人であることが嬉しいです。
それから徐々にパーソナルな話題が増えた。
翌年になると、だいぶ英語にも慣れてきた。(この年の初頭に受けたTOEICが確か700点弱くらい)いま思うと、一年でここまで追いつけるようになったのはジェイの協力あってのことだと思う。
英語を話すのでてっきり英語圏の人間だと思っていたが、彼はスペイン生まれスペイン育ちのスペイン人だった。それもマドリードのような都会ではなく、人口数万もいるかどうかの田舎の町で暮らし、ほとんど出たことがないそうだ。このことは少なからず私を驚かせた。
彼自身の性格に関しても大いなる誤解があった。外国人、それもスペイン人となれば陽気で前向きなものと思っていたが、彼は畢竟後ろ向きで、自分の人生に価値がないという感覚に強く苛まれていた。私にメッセージを送った日のことをこう記している:
「最初にメッセージを送った時、私は本当に悲しくて、気持ちを落ち着かせるためにあなたと話したかったんです。」
私たちは、互いに互いが必要だったのだ。それは私にとっては友情というより利用関係のように感じられたが、彼はそれを友情として見ていた。
ちょ、ここまで書いといてごめんだけど、辞めていいか?
2000字かけてやっと1年でしょ?ここから8年間のドラマがあるのにとても書ききれる気がしない。体力が底をつくて先に。しかも後年の方が圧倒的に濃密なのに。
でも伝記を書くのって楽しいですね。
各々の人生に大切なことがあると昨日言いましたね。どうやら世間一般はこの大切なことを見違えているように思われる。
俊ちゃんが言う通りです。
人から、「あの詩を読んですごく感動した」とか言われるとうれしいし、やっぱり自分の書いたものが人に何らかの影響を与えてるところはあるんだろうなと思います。
でもそんなことより、自分の身近な人間に対してちゃんと向き合えているかみたいなことが、ずっと問題ですよね。
https://www.asahi.com/special/tanikawashuntaro/aisuru/
「大切なこと」は功利主義で決定しちゃいけない。どれだけ世界に貢献出来たかじゃない。どれだけ身近な人間に対してちゃんと向き合えているかです。ここを履き違えるからインターネット・ウォーに首を突っ込みたがるようになる。
広く諦めて、狭く誠実に。これぞもっとも健全な人生のあり様。テクノロジーは現実を拡張しすぎた。もっと狭く、狭く生きなくては。
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