minimal
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Nature
is so
flawless!
I lament, 谷川俊太郎
minimal、日本語詩と英詩が対で書いてあるのだけど、日本語版のが良いのもあれば英語版のが良いのもあって面白い。
ただここにいることが
凄くて
私は私じゃなくなる
立ち上がって
水を飲む
水も凄い
水
Just being here
is fantastic
and I cease being myself.
I stand up
and drink some water.
Water is also fantastic.
Water
こんなんはもう、疑いの余地なく日本語版のが良いですよね。
散乱する紙切れに
一生を託してきた
悔いは別のところにある
小憩
I have entrusted my life
to desultory pieces of paper;
but my regrets are elsewhere.
A brief repose
でもこれは私の感覚だと英語版のが良いな。
あと、英訳によって日本語の詩の意味が固定されてしまうというもどかしさもある。たとえば
ふふふと含み笑いして
私は街の中
ヒトがヒトにうんざりしている
という節、私は「『ヒト(私)』が、同じ人間の分際でありながら、同じ『ヒト(他人)』にうんざりしている」と解釈したのだけど、英語版では
I am in a town, chuckling.
People are bored with people.
と訳されていた。つまり私の解釈は本人の意図とは違っていたわけです。
これは本人も重々承知している問題で、だからこそ俊ちゃんは英語の詩というのを基本的に好きじゃなかったらしいが。彼自身としては詩の意図を押し付けたくないと常々思っていたようだから。
固定された時に解釈一致してるとオッとなったりもするけどね。「すでにかすかな偽りの味」が「already a faint taste of hypocrisy」と訳されてたり。「偽り」にあてられる単語がたくさんある中ぴったりhypocrisyと予想できると良いよね。漏れならhere drifts a foretaste of hypocrisyとでも訳したいが。
あとminimal、完全に白紙のページが最後の方に6枚くらいあって驚いた。そんなことあります?ホワイト♂尺余りじゃん。見たことないよ、製本版で連続白紙6枚て。さすが谷川俊太郎、おれたちにできないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れるゥ!
追記:「著者:谷川俊太郎 英訳:William.I.Elliott/川村和夫」とあるので、英訳には俊ちゃんは携わってないかもしれない。流石に目は通してると思うし、俊ちゃん英語ペラペラだから違和感のある訳は指摘してるとは思うが。
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