音楽に施し得る仕掛けの考察
この記事を閲覧するにはアカウントが必要です。
やることはタイトル通りなので序文は要らないだろう。音楽で表現できる数々の「仕掛け」について考える。
1.俺の彼女/宇多田ヒカル
わたしが思うに最も仕掛けのフックが強い音楽。歌モノで聴いてて一番グッと来るのは間違いなくこの曲。ひとつの小説を読んでいるような曲の展開の仕方がすさまじい。歌詞でどんでん返しを導くのは簡単だが、これは音楽と歌詞が完全にユニゾンして得も言われぬカタルシスを生み出している。無駄なパート・音・歌詞がひとつもなく、音楽的に完成されていると思う。
これを理論として解体するのはかなり難しい。仕掛けとしては「同じフレーズ(メロディ)を何度も繰り返しながら後ろの音を変えていく」というシンプル極まりないものだが、音の足し方が絶妙。コードもメロディも大きく変わっていないのに、音の足し方と歌詞の変化だけで曲の雰囲気がすさまじく変わってゆく。キーとなるのは間違いなくストリングス。歌ものだが、主役は完全にストリングスと言っていいだろう。ラスサビの高揚感は今まで完全に鳴りを潜めていたスネアが入ってくるのも大きいかもしれない。コードは前半~中盤の男パートがAm-G-F# m7(-5)-F,それ以外は殆どFGAm。やはりFGAmが強いんだなぁ。地味にすごいのがラスサビ後のコーラス。高めてきた宗教的で荘厳な雰囲気をここでピークに導き、緩やかに最初のテンションに戻ってゆく。ストリングスの動きで曲の雰囲気を大きく変える曲としては他にも「大空で抱きしめて」があるが、仕掛けの形としてはほぼ全く同じなのに「俺の彼女」の方がはるかに洗練されていると感じるのは何故だろう。思うに、俺の彼女のときよりも意識的に「これ」を利用しようとしたのだろう。むしろ不意をつくことが本題になってしまっていて音楽的な深みが失われたのかもしれない。
キーワード:宗教的 荘厳
動き:俗世→荘厳(光→闇)
類似の仕掛けがある曲:大空で抱きしめて 惡の華
2.しとど晴天大迷惑/米津玄師
これはかなり分かりやすい。音楽的に楽しませるとはどういうことなのかという見本と言えるかもしれない。幾つか仕掛けはあるが、一番アクの強い部分は「声も出ない」という歌詞の直後、今まで存在していたメロディが吹き飛ぶ所。他にも、「三回裏二死満塁~」で野球の応援のような音のみになるなど、つまり「歌詞と音楽の連動」の仕掛けだ。言葉と音で連動させられる仕掛けはそう多くはない。たとえば「レモンの香りが漂う」なんて書いたところで、それを音楽で表現する術は存在しない……だろう。ともかく、こういう仕掛けは中毒性を増加させるのに役立つ。音楽的に楽しければ人はもっと聴きたくなる。ちなみにゴーゴー幽霊船はMVで女の子がテレビ男を殴った直後、しばらくギターが狂い出すという言わば「MVと音楽の連動」という仕掛けがあるが、これは「音楽のみの仕掛け」ではないので微妙。
キーワード:ポップ 中毒性+
類似の仕掛けがある曲:シンデレラグレイ
3.小説家みたいなあなたになりたい/ゲスの極み乙女。
一応仕掛けとしては独創的なので書いておくが、個人的にこれはそこまで評価していない。「同じ歌詞を別のメロディで回す」というものだ。これは労力の割に聴き手へのインパクトが希薄なのであんまり使えない気がする。
4.るらるら/ヒトリエ
これもよく使われる仕掛け。あるシーンで音を完全に止める、というもの。ないしは、瞬間的にほぼすべての音を吹き飛ばす。デクレッシェンドとしてかき消えていくような、流れに沿ったものならこれには該当しない。少なくとも初聴時には絶対に不意をつかれるようなタイミングのもの。
類似の仕掛けがある曲:KIDS シンデレラグレイ キルミーのベイベーのさらにうざいやつ 若ゼアノート戦 ノーダウト Flamingo
5.キルミーのベイベー!のさらにウザいやつ
「あるパートを引き立たせるために他をメチャクチャにする」というもの。ともすれば音楽性の放棄にも成りかねないが、うまくハマると凄まじい効力を発揮する。ほんのワンフレーズが言いたいがために他の3分あまりを埋めるというもの。本質的な話をすれば、ほとんどの音楽は多かれ少なかれ此れに属する節はある。もう少し広義的に捉えて「あるパートを引き立たせる事を一番に考えて他の部分が構築されている」という仕掛けと見てもいいかもしれない。これは結構個人の主観が入ってくるが、要するに音楽的・歌詞的・歌い方的に明らかに浮いている部分がポっとあったらそこだ。例えば宇多田ヒカルの「ぼくはくま」は「ママ」の一言を強調するためにああいう雰囲気になっていると思っている。リビングデッド・ユースなら「信じられないならそれでもいい」の部分だけメロディが変わる。
類似の仕掛けがある曲:多数
6.amen/米津玄師
これはちょっと反則的な気もする。「音楽に暗号じみたものを仕込む」ということ。例えば聴こえるか聴こえないくらいの音量で何かを囁いてみたり、訳文のない人工言語で歌ってみたり、もしくは巷で話題のアンチクショウのようにモールス信号を仕込んだり。あるいは逆再生すると特定の何かを彷彿とさせる(例:スカイウォードソードの奴)というのは一番美しいかもしれない。クオリアとしては、暗号なわけなので興味のない人にはほぼ一切影響しないというのがネック。無為に枷をつけただけになってしまいかねない。
7.ムーンサイドへようこそ/古川本舗
「曲破壊」。基本的に歌モノの間奏で使われる。5の逆かもしれない。「特定のパートを狂わせることで其の部分を引き立たせる・曲の印象を一変させる」というもの。広義的に言えばシアワセ林檎の間奏なども当てはまるかもしれない。
類似の仕掛けがある曲:心像放映 潜る、潜る、
8.地獄でなぜ悪い/星野源
「歌詞と曲調のギャップを大きくする」というもの。星野源が多用する戦法。要するに、底抜けに明るい曲調なのに歌詞が真っ黒だとか、死ぬほど暗い曲調なのに歌詞は明るいという仕掛け。これは無条件で強くなるのでずるい。
1が一番強い。「俺の彼女」は本当に別格。
Comments ( 0 )
No comments yet.