雀刺し
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熱に浮かされ、病で死ぬ夢を見た。
今日の午後くらいから、特に思い当たる理由なく発熱していた。インフルエンザの予防接種を受けた直後だというのに、なんだか腹立しかった。はやく治そうと眠りについた。
わたしは鮮明に死んでいった。はじめに視力が落ちていった。ものが二重に見えたり、ぼやけたりする。それが段々と強くなっていく。そして夜中に階段を降りている時、脳を百八十度捻じ切られたような、視界の崩落をおぼえ、きわめてゆっくりとぐらついて倒れた。死の直前は世界がスローに見えるというが、まさしくあれのようだった。もっとも、この時はそこまで考える余裕はなかったが。
わたしはこれは本当にまずいのだなと思い、這って階段を駆け上がった。二階の襖の部屋にいる母に助けて貰いに。母はとうに居ないというのに、夢の中ではいて当たり前のようだった。
駆け上がったといっても、あまりにも鈍い進みだった。進んでいるのかもよくわからない。視界が低く、聞こえる音は鈍く震え、世界にブラーが掛かり、うす青い月光だけが吹き抜けの窓から差し込む。
ようやく母の部屋の戸に着いて、迎え入れられた時、わたしは泣いていたと思う。夢の中の母はとてもやさしかった。わたしを抱き寄せて額を撫でつけ、布団に運び、寝かせてくれた。実際は、母がわたしに対してそうであったことはなかった。死にかけた時でさえ。
わたしは母に、私が発熱し視力をやられ震盪をおぼえた事を説明した。視力の低下自体は、かなり前から起こっていたが、相談していなかったのだと思う。母は病状に何かおぼえがあるようなことを言っていたが、この辺りはよく覚えていない。安心させようとしたのか、つまらない冗談をたびたび言ったり、ぶりっ子みたいに擬音を口にしたりした。母の癖だった。彼女は躁うつだったが、躁の時の彼女は飛び抜けて明るく若々しかった。
その後、寝かされた状態でまた視界がぐらつき、意識を失った。それと同時に夢から醒めた、ように思えた。目を開けて入ってきたのは自分の部屋の天井だったが、なぜか「夢から醒めたのか」という感覚がなかった。少し遅れて、おれの眼は大丈夫なのか?と眼を凝らしてみる。すると、大量の蝿、蛆、蜘蛛、蜂、ありとあらゆる蟲が徐々に鮮明に視界を埋め尽くしていき、そして一斉に一方向へと飛び去った。それは明らかに現実の俺の部屋で起こっている事だった。あの不快な羽音が、はっきりと聞こえた。心臓が冷え切るような思いをして、改めて眼を凝らすと、当然虫なんてどこにもいない。つまり、そこまで含めて夢だったのだろう。あるいは幻覚か。でも、あれが夢だったという感覚も、それから醒めた感覚も無い。「悪夢だ。」ただ一言つぶやいた。(本当に)
謎の発熱、視力の低下という状況は現実のそれと一致しており、俺は今でもこれは予知夢なのではないか怯えている。今にも正夢と化すようなリアリティと迫力があった。それでも母は居ない。母に会いたい。ろくな親だったとは思わないが、父や妹と比べればましだった。俺には誰も居ない。「居たこと」はあっても、今は違うのだ。今までの人生で、誰かを幸せにした事は何度かあると自負しているけど、それは「生まれてきた事」を肯定しても「今生きている事」を肯定してはくれない。意味を与えてくれない。親は生まれてきてくれただけで有難いと思ってるから生きろだなんていうのは的外れだ。
それでもやっぱり、あんなふうにして死ぬのは怖い。
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