エスペラント大祭
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「ではまず私から、エスペラントに対しての反対意見を言わせていただこう」
「どうぞ」
「端的に言って、エスペラントは失敗作である。そもそもこの言語は人工言語であり、『母語の異なる人々の間での意思伝達を目的とする、国際補助語となること』という目的のみのために”造られた”ものである。もちろん、これは「人工言語だから自然言語に劣る」という論調を展開するための発言ではない。エスペラント最大にして最悪の問題はその『目的』をまるで果たせていないことにある。エスペラントには協会が主張する特性がいくつかあり、重要な要素は先程の『母語の異なる人々の架け橋となる』『あらゆる言語から語彙を取り入れ、文法も簡単にすることで限りなく学習しやすい言語になっている』『すべての人にとって第二言語であることで、言語学習の壁を均等にする(英語のようにネイティブ有利の不公平を生まない)』あたりだろう。それら総括して『世界平和』と言っても良いかも知れない。エスペラントは言語であるのに『語』がつかないのはなぜか考えたことがあるだろうか?私の意見では、これはエスペラントが単なる言語ではなく世界平和をめざす『概念』そのものでもあるからだ。つまり、エスペラントの最大にして唯一の存在意義とは、国際補助言語として与えられた”目的”を満たすことにある。しかし蓋を開けてみたらどうだ、今では国際補助どころか一部の言語マニアで内輪ウケするためにしか使われていない。これはザメンホフが夢見たエスペラントの姿では断じて無い。エスペラントは『生まれ』からして失策だったのではなく、『結果』として失敗したのだ。
まず、国際補助言語であるためには話者数が充分に多い必要がある。これは当然のことだ、片方が使えても片方が使えなければ自然言語の齟齬と同じ道を辿っていることになる。しかし現状エスペラントの話者は多く見積もっても百万人かそこら、英語や中国語はおろか小さな島国でしか使われていない日本語にも負ける始末。そもそもエスペラントの存在すら知らない人が大多数だ。この時点で、エスペラントはもうどうしようもないフェイリヤであることが分かる。のみならず、『言語学習の壁を均等にする』という部分もまるで達成されていない。エスペラントの語彙の七割以上はロマンス言語からの派生であり、圧倒的にロマンス言語話者の方が学習において有利である。アジア圏からの語彙輸入は申し訳程度しかない。文法もSVOだ。これでどうやって誰にとっても中立公平な言語などと嘯けたのか。ネイティブが居ないという触れ込みも考えものである、両親がエスペラント話者で子供が生まれながらにしてネイティブという例もごく少数だが報告されているのだから。さらに言えば、もしエスペラントがその目的を達成して話者数数十億人となれば、それだけ親の影響を受けてネイティブとして生まれるエスペランティストも増えるだろうから、けっきょくは自然言語と同じ袋小路になると思われる。
有名なエスペランティストとして、宮沢賢治がいるが、私は彼がこの言語に入れ込んだのは『世界平和』という目的に強く感化されたからだと思われる。別に彼は間違っていなかった、なぜなら彼が生きているころエスペラントはまだ生まれたばかりであり『希望』があったからだ。しかしエスペラント誕生からすでに100年以上が経過している。状況は依然として言語ナードのためのおもちゃ程度。もし宮沢賢治が現代に生まれているなら、彼もこんな言語を学びはしなかっただろう。
『言語は人と時代にあわせて変わっていくのだから、一部の人の交流のためのツールであってもいいじゃないか』と主張する人もいるかもしれない。それで満足を感じているならそれでもいいが、それはエスペラントという『目的』を放棄したまがい物のなにかであり、断じてザメンホフが夢見たエスペラントの未来の姿ではないということだけ留意して欲しい。以上」
「只今の批評にお答えしたいと思います。まず、エスペランティストの話者数が現在百万人程度とおっしゃいましたが、それはおおよその話であり、言語の性質上詳細な調査が難しく、実際は200万人ほどいるのではないかとも言われています。これは自然言語であるスロベニア語に匹敵する数値です」
「それがなんだというのだ。大した違いではないし、全世界の架け橋になるのが目的なのにスロベニア程度しかカバーできないなら論外でしょう」
「現状ではそうかもしれませんが、未来はわかりません。先程先方は『100年以上経過しても進歩が見られないので失策』とおっしゃいましたが、100年の間でエスペランティストは徐々にですが確実に増えています。とくにインターネットの普及後は爆発的に、さらにここ数年に関してはDuolingoという言語学習支援アプリがエスペラントをカリキュラムに取り入れたことで100万人以上もの学習者が増えたという報告があります。そもそも言語が普及するのには何百年とかかって当然であり、此方側としてはエスペラントはまだまだ成長段階にあると考えています」
「将来的には英語に並ぶほど普及するとでも?ありえないですね。どこの言語未来普及度予測を見ても、今後支配するのは中国語かヒンディー語、スペイン語、フランス語あたりでしょう。エスペラントのエの字もないですよ」
「……また、我々としては、ザメンホフ氏の思想にそこまで偏執的にとらわれる必要性はないと考えています。自然言語にしても、ラテンアメリカスペイン語やスパングリッシュなど、時代や人に合わせて言語の意義や目的が変わることもあります。定例的に開かれるエスペラント大会では、現在でもさまざまな国からエスペランティストが集まり楽しそうに会話していらっしゃいます。小規模ではありますが、異なる文化間の人々をつなぐ役割を果たしているのです。それだけでも、エスペラントは充分価値のある言語と言えるのではないでしょうか」
「あれほど世界共通語であることを推しておいて、今更そんなダブル・スタンダードをしますか。それに自然言語がやっていいことを人工言語がやっていいわけではないですよ。現実とフィクションを例に上げるとわかりやすい。よく誤解する人がいるのですが、フィクションが求めるリアリティとは現実の模倣では断じて無い。現実という世界では、どんなに荒唐無稽なことが整合性なく発生しても『現実に起きた』という事実そのものがリアリティの証明となり限りなく現実的であれるが、虚構の世界ではすべての事柄には発生する理由がなければならない。『現実に起きた』という証人がいないために、整合性で以て現実感を補うのです。人工言語も同じです。自然言語が起こしたことを人工言語が起こして同じ説得力が出るわけでは断じて無い。人工言語はあくまで人工言語なのだから、目的がブレてはまがい物にすらなれない」
「現実とフィクションの話はやや議論を逸脱しているように思えるのでs
「それに言い忘れていたが、エスペラントはひとつ言語構築のうえで致命的なミスを冒している。サーカムフレックス文字とブレーヴェ文字を取り入れてしまったことです。これはもう、足かせ以外の何物でもないですよ。入力しづらいったらない」
「xを使うなどの代用表記があります」
「代用表記が必要な時点で、失策だったと認めているようなものではないですか?」
「……しかし、フランス語やトルコ語にも—
「また自然言語を言い訳にするんですか?先程その理屈が成立しないことは言及したと思いますが」
「Vi estas」
「え?
「Vi estas estaĵo, kiu ne devus esti permesita ekzisti」
★炭治郎、キレた!!
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