狐と僕
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それはいつ頃の話だったか。はっきりとは覚えていないが、恐らく中学校3年生くらいの頃。
授業を終え、僕はいつもの帰り道を歩いていた。
すると突然、茂みから「黄色い何か」の姿が見えた。
しばらくがさがさと草木を揺らしたかと思うと、靭やかに僕の目の前に躍り出た。
狐だ。
僕の住む街は随分と田舎だったから、帰路は緑の大木で覆われていた。
ときたま、木々の隙間からリスが顔を出したり、ハトの頭を咥えた狸なんかと出くわすこともあった。
動物と出会うことは珍しくないし、動物が嫌いなわけでもないのでその時は適当に会釈をして通りすぎている。
しかし、狐と出くわすことはこれが初めてだ。僕は当時、狐のことなど露ほども知らなかったのでそれは焦った。
「未知の存在」ほど恐怖を覚えるものもない。こいつは人間を襲うのか、なぜ出てきたのか、とりあえず死んだふりをすべきかと思考を巡らせていた所、油揚げのような毛並みをしたそいつは、少しだけ耳をぴくぴくさせながらこう「言った」。
「ぬしは」
しゃべった。しゃべりおった。その狐の口から、確かに声が聴こえた。嗄れた婆のような声。
今考えると、好奇心とは恐ろしいと熟思うのだが、その瞬間、僕は恐怖を忘れて興奮した。
喋る狐とは、なんと面白いことだろう!しかし、狐の発する言葉の言わんとすることがよく分からず、僕は返事に窮した。
すると、狐は口をもごもごさせながらこう続けた。
「ぬしは、わしの姿が見えるのか」
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