ミザリー
この記事を閲覧するにはアカウントが必要です。
そう……とどのつまりこの世には二種類の人間しかいない……それ即ち『魔法先生ネギま!』第12巻、まほら武道会第十二試合「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルVS桜咲刹那」を好む者とそうでない者……!
漫画のキャラクターというのは一も二も「成長」に集約される。物語の基本原則であり物語を物語たらしめる必須条件が「成長」つまりcharacter developmentなのだ。キャラクターたちには生まれながらにして何らかの欠落があり、さまざまな障害を乗り越えてその欠落を埋めるものを手に入れる(あるいは”見つける”)というフレームはすべての漫画・すべてのキャラクターに共通するといっていいだろう。つまり進化信仰こそが所謂「カタルシス」の正体。故にこれを逆行しようとする展開はほぼありえない。逆行とはすなわち「退化」あるいは一度成長したはずのキャラクターがその成長を捨てるということ。仮にあったとしてもそれは一時的なもので、さらなる成長のための踏み台としての「停滞」である。ところがエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルVS桜咲刹那戦では「キャラクターの成長」に明白に異を唱える。
「トルストイの「アンナ・カレーニナ」の冒頭にこんな言葉がある。『幸福な家庭は皆同じように似ているが 不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしているものだ』」
「最近幸せそうじゃないか?え?刹那」
自らが今幸せであることにはじめて気づいた刹那が涙を浮かべながら「幸せになってはいけないのでしょうか?」って嘆願するように問うのがよい それに対して「いかんとは言わん。が、つまらん」という返答も完璧 いかんとは言わんのよね ただ、つまらない 「幸せな人間はつまらない」というのをこうもブレイタントに描いたシーンは他にないと思う 結果としてはエヴァ戦も踏み台ではあるんだけど、切り込み方がすばらしい
ドット絵描けなすぎて涙出てきた
これNebtLem2?同性愛者っぽくないのでだめです もう……疲れ果てました 何も見たくねェ…… mononokeも 彼も 見たくないわ ねえ神様わたしのこと殺してお願い…… 被虐者のアイは傷つきすぎた この電子の海にいる限りどこへ逃げようと絶対にいずれかの顔を見る そうだ、どこへ行こうと……たとえばあの憎きケモノギガのように……だから俺は世界を壊さなきゃいけないんだpic.twitter.com/O7v6Ehe6q7— 🐘 (@moni_cota) April 28, 2021
Comments ( 0 )
No comments yet.