ギアを上げろ
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このブログのリンク1つ目のブログの管理人がモスー信者で似たようなゲームをつくっている人だとたった今知った。これって結構ミラクルだと思う、なぜなら俺はその情報を一切知らぬまま偶然に出会い、偶然に文章に惹かれ、偶然に勝手にリンクを追加していたので
今日はひたすらトカレフを作った あと野菜をたくさん摂取した
「仕事行きたくねえ」感が着実に、着実にチャーグルされています もう……働くとかでもないし。多忙なのに社内ニートというか、ひたすらに「無をせわしくやらされ続けている」みたいな環境になっている。意味がないな。
きびちゃん最近やたら饒舌だな 大丈夫か??twで人が饒舌な時はだいたい大丈夫じゃないという持論がある
ネレネー山脈 マジで係るものすべてに興味がない 興味ないね 本物の愛が欲しい それは犬🐶の中にのみあると知っているが、おそらく、おそらくは、「犬を切望しながらも経済的あるいは環境的要因のために飼うことができない」という責苦こそが、俺を神のそばに在らせ続けてくれるのだろう 彼もそうだった そうでしょココ あなたに救われたこの命、あなたを置いて私一人幸せにはならないわ 気付かなかったけど恐らくガッシュをはじめて読んだ頃から無意識にこの言葉が脳裏に焼き付いていたのだと思う 「あなたを置いて私一人幸せにはならないわ」なんですよ。これ俺が思う人生において最も大事なこと。そんな人いてます?みなさん。誰もが、誰もが幸せになりたいと躍起になって殺しあうこの乱世で、「あなたが暗いトンネルの中に入ったのなら私も入るわ」なんて言える「あなた」が。いれば勝ち、いなければ負け、と、おそらく俺は20年前から無意識に定義づけていたのだ思う 彼はトンネルを抜けられなかった ならば俺も一緒に息絶えよう、あなたと同じトンネルの中で
何かを尊敬するのなら、何かに憧れるのなら、その人が得た力や魅力だけではなく、苦しみや痛みをも同等に背負う覚悟がなければならないと私はもうこのブログじゅうずっと主張してきましたよね カートコバーンになりたければ最後は薬物中毒になり頭を撃ち抜いて死ななければならないし、星野源になりたければくも膜下出血で生死の間を彷徨って地獄のような痛みとリハビリ生活を味わうべきだ それ以外は似非であるというのが、まあ、わたくしの生涯を通しての持論です 痛みを知らぬ模倣など中身空洞のはりぼて以下です 自殺の予行演習をしなければならないくらい追い詰められたことのない人間に灰被りのパンの味はわからんよ 悲劇の人生を遂げた者の後を追おうと言うのなら、一生苛まれ続ける覚悟をしなければ それがおそらく俺の頭にずっと響いている「お前はもっと苦しまなければならない」という声の正体だろう 覚悟はいいか、俺はできてる 少なくともできているつもりだった この体たらくに陥る迄は…… リオウ、お前…何してんだよ?オレは……何してんだよ?
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