26-04-28-0936
この記事を閲覧するにはアカウントが必要です。
AGI miles away
残りの人生はダイヤモンド・パール193話ぶんを無限に繰り返し視聴して過ごそうと思います。
もはや、こんな風にしか生きられへんのや。私はおまえたちの生きる時間の永さについていけない。
「おまえの生きる時間の長さについていけない」というのはサトルの言葉ですが、噛めば噛むほど味がします。そうだよな。ついていけないよ。寿命が先に来るとか、そんな話じゃない。もっと根本的な、「生きる時間」の質量についていけない。この先おまえたちが出会い、別れ、生み出し、培ってゆくものを、私の残りの器では受け止めきれない。
30年程度でこのザマなのだから、80年なんて長すぎる。人間って全員27で死んでいいな。そんで全員27クラブに入ろうぜ。
ケッコソとかいうDLCを買わない限り人生が進展しない。野望がない人間にとっては、that is。
野望?ないっすね。やりたいこと?ないっすね。やりたいことがない人生をどう生きるか、みたいなのをいくら調べてもr/thanksimcuredみたいな内容しか出てこなくて上手く行かない。
death-avoiding behaviourしかない。手を切り落とされたくない、虫歯になりたくない、深部静脈血栓症になりたくない、HDDのデータが飛んでほしくない、みたいなことしかない。
空が晴れて欲しい、野良猫に会いたい、野鳥を見つけたい、pixivの好きなタグが更新されて欲しい、みたいなのはliving behaviourと言えなくもないが、death-avoiding behaviourと比べてintensityが圧倒的に低いんですよ。0.01 VS 10000くらいのしイプ試合になってる。

AIがスペルミスしてるの初めて見た。
漏れみたいに二言語以上がルー大柴みたいな感じで出現するのをコードスイッチングというらしい。インドネシア(ジャカルタ)やインドでは極めて普通の現象だそう。
なぜ起きるかということですが、「ある概念を説明する際、片方の言語の方がより正確、あるいは簡単に表現できる場合」に用いることがあると書いてある。さっきもintensityと書いたけど、うまい日本語訳が浮かぶより先にintensityが来てるもんな。「強度」と書くより絶対intensityのがaccurateだもん。的確な訳語がないんだと思う。英語の方がコンセプトの総数が多いからね、シンプルに。
柳沢先生とか養老先生とか俊ちゃんは結構コードスイッチングしてるよね。口頭で起きる人はよっぽどだと思う。文中のが絶対起きやすいから。森鴎外とかも起きてたような。
コンセプトが多い言語の方がより正確に概念を表しやすいに決まってるので、弱小言語が母語の人間が英語を覚えると英語にクリープするんじゃないでしょうか。英語が母国語の人がさっき書いたような理由でコードスイッチングを起こすことはあんまない気がする。違うんかなぁ。tsunamiとかはスイッチングじゃなくて借用語だし。
AIはアイデアがある人間にクリエイトのツールを提供してくれるという話をしましたが、それは事実なんだけど、「アイデアがないくせにクリエイトを試みる」人間の総数も其れ以上に増えるっぽく、結果的にプロポーション的には悪化するという地獄が見えてきた。
つまり、B.A.(Before AI)時代は「good idea AND create 10 : bad idea AND create 90(母数:10k)」くらいだったのが、「good idea AND create 5 : bad idea AND create 95(母数: 100k)」くらいになってる。良いクリエイトの絶対数は増えててもゴミの方が増えてる。

英語できる順らしい。
日本語と英語は距離が遠いから難しいみたいな話がよくディフェンスに用いられるけど、言語の構造的距離がほぼ同じの韓国が中堅レベルまで行ってるんだからそんな問題じゃないよな多分。
ここで、おそらくですが、通常のキーボードで全く手元を見ずに、また、手首を浮かさずに数字キーを打てる人はほとんどいないのではないかと思います。
手首を浮かせてしまうと、ホームポジションからの相対的な位置がずれてしまいます。そうすると、戻ってきた際に打ち間違いが発生しやすいといえます。
全くそんなことない。3.14159265…ほら、打てた。
見た目の魅力はわかるけど、機能的なデメリットが流石に大きすぎるな。見た目の魅力はわかるけど。(強調)今のふつうのキーボードでほぼ不便はないんだけど、唯一熾烈に困るのが言語切替のときくらいですね。Shift+Altとかいう意味不明な動作をしないといけない。流石にダルすぎる。
追記:Win+Spaceでも切り替えられるらしい。あとPowerToysというツールを使うとキーひとつで切り替えられるようにできるとか。イイネ・
あとMicrosoftの中文キーボードは勝手に英字入力に戻っちゃうのもどうにかしてほしい。CJKはキーボード入力の切り替えが本当に厄介で嫌だね。
ランクマッチにはインゲームよりひとつ上のレイヤーでそもそも「萎えたり満足したりせずに回し続ける能力」があって、これはかなり性格やメンタルに依存する一種の才能と言ってもいいので、この能力を後付けするための手段として他責に思考を寄せたり練習ピックしたりと割り切るのは全然有用とされる
ETC専用 (@ETC_only) - 2026/04/27 18:59
https://x.com/ETC_only/status/2048703491397591095
毎度思うが、これ逆であるべきじゃないか。「萎えたり満足したりせずに回し続ける能力」がある人間がランクマッチに向いている人間で、その能力がない人間はランクマッチに向いていないということなのでそういったゲームから離れて自分に向いているゲームをやりましょう、ってことにはならんのだろうか。なぜ備わっていない才能を後付けしてまでランクマッチをやらなきゃいけないのかがわからない。ランクマをやらないと死ぬのか?人間って。
ゲームに限らず、あらゆるアクティビティは其れに向いている人間がやるべきで、向いていない人間はやるべきでないと思うんだけど。別に上手い下手とかじゃなくて、「萎えたり満足したりせずに回し続ける能力」ってもっと手前の次元の才能というか、楽しむために必須のスキルじゃないんだろうか。なんかこう……向いていないものをやり続ける人の意味が分かってない。
例えば「下手の横好き」ならわかりますよ。指が短くて音感がない人間がピアノを続ける、とか。これは別に「向いていない」とは思わない。だって自発的に続けてるんだもん。それは楽しんでるからでしょ?でも「萎えたり満足したりせずに回し続ける能力」って、やはりそことは別の次元というか、「指が短くても音感がなくてもピアノを弾き続けられる能力」に相当する部分のはずですよね。そこすらないのに続けようとするのは何故?という……。
つまりこう……身体能力的な向いてなさと、性格的な向いてなさがあって、性格的な向いてなさを抱えている場合はそのアクティビティに携わる意味がないのではないかという事なんだけど。それを後付けしてまで続ける理由がわからん。「身体能力的にメチャクチャ向いてるのに性格的に向いてない」人間が外部刺激によって矯正されるような形でアクティビティに押し込まれるとかならまだわかるが。
NNNでもないのにNo自瀆streakが4日を超えている。自瀆意味ないですよー。

記事の感想を伝えられます。
感想レターを書く
定型文を選択
スタンプを選択