250129
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ついに現れたか……ローカルSunoが!!
今、太陽を克服する鬼を見つけた鬼舞辻無惨並に興奮してる。これから世界は変わる。
アニメチケーにようこそ(斬新略称)、思ったより面白い。小説版と漫画版をうまい具合にミックスしてる。あと曇らせが割とある。集会所で肩身が狭そうにしてる岬ちゃんをアニメ化してくれてありがとう。10話終わりとかも最高でした。
女は漫画は書けないけど小説を書くのは得意というド偏見仮説を提唱してみました。女の漫画って基本的に全部つまらないんですが、女の小説は今のところヒット率かなり高い。餅は餅屋というか、やはり得意不得意があるのではないかと思う。無骨なんだよな男の小説って。それでいいときもあるけど、繊細な心情描写とかは男にはできない。男は風景描写、女は心情描写がそれぞれ得意に思う。まんがというのは実は「言外」にいかに多くを詰めるかというアートですので、風景描写が得意な男性の方が向いている……ということなんでしょうか。手塚治虫くらいミニマルだとその辺もわかりやすいんだけど。
恋愛の話と書くとチープに思えるが、別に恋愛がテーマであること自体は何ら問題ない。作者の自力が伴っていなければ、恋愛モノよりハードSFの方がチープな例だって山ほどある。だから大事なのはビビッドであること、つまりその世界に生命の躍動があるかどうか。このキャラクターは生きていない、と感じさせてしまったら終わりなんです。仮に無感情のロボットキャラであっても、無感情のロボットなみに「生きて」いなければならない。人物像が一貫していてブレがない、というのが大事。ブレと成長は違うからね。フシギダネがフシギソウになるのはいいけど、フシギダネがソウブレイズになったらおかしいだろってこと。
心に訴える描写とはなんだろう。流浪の月はそんな描写のオンパレードだった。中原岬モードはそういうconvincingさの練習になるかもしれません。岬もなかなか心に訴えるものがあった。つまり……いかにうまくme irlにするか、というゲームなのではないか? 読者とキャラクターの心理描写がこれ以上無くシンクロしている瞬間。それが一番いいはず。対極がコニーの「世界を救う」です。
me irlとは、限りなく小さな網を使って、できるだけ多くの人間をすくい上げる必要がある。大きな網を使えば大量にかかるのは当たり前だ。「夜中は眠くなるものだ。」とか書いても、でっていうってなるのがオチ。網をどんどん狭くしていていくことで、読者は「この文章は**他の誰でもない”このわたし”**に語りかけてきている」と、このわたしと同調している、と、感情移入できるわけです。
だから、そうだな……。「夜中は気分が沈むものだ。」では網が広すぎるけど、「夜中は気分が沈む。わけもなく不安になって、ぼんやり消えてしまいたいと思う事がある。誰もおまえを愛してない、と頭の中でだれかがささやく。それは発作のように訪れて、朝になれば消えてしまうけど、いつかはまた訪れる。それをもうずっと繰り返している。寂しさは消えたわけじゃない。鳴りを潜めているだけで、いつもあたしの中にいるのだろう。眠りはあたしを回復させるのではなく、ごまかしているだけ。助けてと暴れまわる心に、むりやり鎮静剤を打ち込んで、狭い檻に閉じ込めている。あたしすら、あたしの味方じゃない。そう思うと惨めで、誰のためかわからない涙が溢れ出た。」くらい言葉を尽くせば、多少は網が狭くなる。言葉を増やすということは網を狭めるということとほぼ等価ですからね。これは詩作とは真逆だがな。詩は短い方がいい。
「佐藤君って誰よ!!」という質問がありました。
恋に恋するって言葉がある。誰もいないのに恋をしている。
どこにもいない誰かに恋をすれば
あたしだけのものになるはず
姿形さえいらなくて
ただ佐藤君へ言葉を尽くせばいい
そうしているだけで
しあわせ
https://note.com/indigo372/n/ndd6f17a21747
これがすべてです。佐藤君とは、あなたであり、あたしであり、彼であり、彼女である。「あなた」という代名詞が無数の人を示すように、あたしの中の「佐藤君」という代名詞もいろんな人を指し示しているんだよ。それがすべて佐藤君という三文字で暗号化されている。だからほんとの気持ちはだれにもわからない。

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