ブランクスレート
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(ほぇほぇとやささしくよ。)←きれぼし脳っぽい
勇者99
・なんの才能もない男が王様に勇者に選ばれる。驚いたが嬉しい
・王様、金貨99999枚と最強クラスの装備と仲間を全部渡す
「至れり尽くせりか?もうちょっとケチるもんじゃないの?
王「送り出す勇者への支援を惜しむとかありえないだろJK……
「まともだ……まともすぎてゲームが終わってしまう……!!
↓
最初はスライムとか倒すけど、すぐに魔王軍+四天王全員が襲いくる
魔王「勇者が俺達倒しに来るって聞いたら成長する前に潰すに決まってるだろJk……
「まともだ……まともすぎてゲームが終わってしまう……!!
↓
グッグアー
↓
死に戻り
魔王が勇者に選ばれた理由、それは潜在スキルが「コンティニュー」だったから
王「勇者よ、魔王はぶっちゃけ強い。ありえんくらい強い。だからこそ通常の手段では勝てぬのじゃ どれだけ強い兵士を連れて行っても殺されてしまう
お主の死に戻りの力で不可能を可能にせよ!魔王倒したら踊り子のひとりくらいはくれてやる!
勇者「っしゃあ!!主目的:誰とも戦わずにレベル99になる(ふしぎなアメ、魔物と無関係のクエスト、闘技場などをこなしながら)
裏テーマ:コンティニューを利用した分岐→99個のマルチエンディング・とにかく魔物に見つからないようにする、あるいは逃さないようにする。すべての魔物は1ターン目で逃げ出す 逃げ出されると魔王に報告されて魔王軍がすぐさまやってくる
変装してヤク漬け強化が基本か?
「なんてカタルシスのない冒険譚なんだ……
というウディコンゲーム案が出てきた。去年くらいかな?考案は。
面白いと思うんです、全然。制作コストもそんなに高くなさそうだし。うん。面白いよ。すげー面白い。
……で?
っていう。いきなり何の話だと思うかも知れませんが、これなんです、長年私に付き纏う呪いの正体って。「で?」なんです。完成したら面白くなるだろう、前のウディコンのときみたいに人の心を動かすことが出来るかも知れない、上位入賞するかもしれない、たくさん感想をもらえるかも知れない……で? だからなんだ?
「思いついた」ところで満足してしまうんです。すべてに。やらなくてももう大体わかる。すべてが。自分の創作物を世界と共有したいという気持ちが1ミリも湧いてこない。
この前、エビフライだかなんだかいう名前のこかむもキッズのnoteを見たんです。「嬉しいこと/苦手なこと」みたいなのをズラッと並べてて、嬉しいことに臆面なく「SNSでいいねをもらうこと」みたいに書いてありました。そうだったらいいのにな(はいだしょうこ)
私を愛さないで!!!!(マーゴ) いいねってマジで意味ない。厭、もう大衆に呼びかける一切に意味がない。1on1で呼びかけられなくては。「いいねが欲しい」という時、人々が思い描くのはドームを埋め尽くすような無数の観衆に拍手喝采をもらうことでしょう。それではまったく1on1ではない。たった一人の手を握る、そんな形でなければ。GYB!!くらい特効しないと。
個が無ぇ……個が無ぇよぉ……。しかし「愛されたいのはあなただけ」的な「あなた」ももう誰もいなくなってしまいました。あたしの佐藤君はもういない。空っぽです。誰に愛されたいとも思わない、まったく。
無敵の人という言葉があるな……何も持っていないが故に何物も失わない人間という意味だが、私はそれに近しいようで非なる存在だ。何も失わないのではなく、何も得られない。無敵の人が「罰」になるものがない人間だとすれば、私は「報酬」になるものがない人間なのだ。どんな報酬も私を慰めてくれない。愛も性も金も。そのくせ罰は存在する。逮捕されるのは嫌だし、金をなくすのも嫌だし、嫌われるのも嫌だ……。これは非常に繊細なラインです。「嫌われたくない」と「愛されたい」は同じもののように見えるでしょう?しかし違うのです。アーサー・ブルックが言うように幸福と不幸は異なる前頭前野で処理される。愛されるというのは、+1です。嫌われるというのは-1です。-1されたくないというのと、+1されなくてもいいというのは違う。竜舞しなくてもいいけど威嚇は食らいたくないと言っても何もおかしくはないでしょう。
絶望に絶望してしまいそう。これはいよいよ手の施しようが無いぞ。希望があれば焼かれながらも人はついてくる。何度絶望の淵に立たされても報酬があれば手を伸ばせる。だが報酬がなければ天上にいようが地獄にいようがそれ以上登れない。
私はもう十分すぎるほどに世界に多くのものを残した。彼はまったく正当に隠居の体制に入っているだけなのだ。彼は人生という夏休みの7月中に早々に宿題を終わらせ、あとの時間を遊び呆けるあらゆる権利をもっている。それだけなのです……。
[[誕生日、悟り、そして砂曼荼羅]]
しかしそれでは生きてかれへんのや。
希望、やはり要るのか? わからなくなってきた……。老人において有益な死生観と若者において有益な死生観が違うのは当たり前です。序盤で堕落とバリケードと悪魔化を連続で取れば死にます。ステージに合った人生戦略というものがある。
しかし今更希望など……。いや、希望っていうかね、「あこがれ」なんですよ。若者のメインドライブは。今社会的な意味で勝ち上がっている人間はすべて「あこがれ」でそこに到達している。表現の根源とは「あこがれ」なのだ。自分を感動させてくれた何かのようになりたい、自分も誰かを感動させたいという憧憬。本当に、ほんっとうにそれだけなんです。それに気づいてしまってから、何だかシャバくなってしまいました……。
メロディ! 受け取るだけじゃなくて
輝く側になれたら
メロディ! いつかと願うほどに
底のない地獄へ落ちる
僕らは呪われている, indigo2
なんだか表現力においては周回遅れな気がしてしまいますよ。昔の私の音楽や歌詞にはエネルギーがある。それは私がまだ信じていたからだ……希望していたからだ……歌で何かを変えたい、自分の表現を認められたい、褒められたい……。そんなふうに……。
「今は何かを伝えたいとか何かを言いたいみたいなものが全くないです」←そうだよ
いまさら何に憧れろというのだ? mononokeか? 米津玄師か? torture_tか? ダーガーか? 山上徹也か?
憧れなんて日銭にもならない。それにGLEAMはもはや「あこがれ」を無効化するほどの回答を力強く示している……。
生まれ変わりばかり夢見て
やり直したって私は私
ハレルヤ, indigo2
それに別にたいして羨ましくないんです、正直。米津玄師と代わりたいとか1ミリも思わない。なんなら願い下げなくらい。誰も羨ましくない。
あの人みたいに生きられたら
誰にも嫌われずにいれたら
だまし絵のようにひた隠されてた
足りないものなんてひとつもないや
throw me, indigo2
私は既に100点の回答を手にしているような気がする。しかし20代で100点の回答に辿り着いてはいけないのです。ニビジムでレベル100のポケモンを持っていてはいけないのです。いっさいの感動が失われるので。
だから私は既に手にした聖杯を捨てて、また同じ聖杯をわざわざ時間をかけて獲得し直すような”ふり”をしなければならない。そんな猿芝居をむこう60年もやれというのか。無理だ……とうてい。
[!NOTE]
荒野の如きフェティシズムを耕すためなら、私は創作を続けられるか……。
イエスだ!
[[「創作の理由」20231222]]
二次創作に特化すればいい説がある。そもそも私が作曲をはじめたのも再生数2000くらいしかないシェゾ・ウィグィィのテーマの二次創作アレンジがすげー良かったからだし。オリジナリティに興味がないなら初めからすべて捨てて、それこそKICK BACKアレンジみたいな感じでアレンジだけ作ってりゃいいのでは。
しかしこれも難しいな……。「荒野の如きフェティシズムを耕す」には性欲が足りない。あと普通にAIでよくね?ワラ ってなる。
そういえばAI絵師にCienとかで金払って依頼する人がいることを最近知った。持たざるものとはとことんまで搾取される定めなのか。VRAMと知識さえあれば良いんだけど……それは「ペンタブと画力さえあればいい」っていうのとそう変わらないのかもね、実は。
そうだな……まさにこういう状況含めて、私は創作の特権主義っぽさに憤っているのかも知れない。2026年になってもまだこんな異様に複雑で七面倒臭いプロセスを踏まなければ「ものづくり」が出来ないことに愕然としている。2026年やで?ふつう頭の中で描いた時点でポンっと出てくるような時代になってるはずだろ。それがなんだぁ?





頭おかしいだろ。エグいことしてるからなお前ら。
絶対おかしいって。今のものづくりworkplaceは倒錯している。もっとクレヨンで描くようにはるかにシンプルで直感的でなければならないのに……。
えーとつまり……
- 創作は「あこがれ」によって芽吹く。
- 「あこがれ」を芽吹かせるのは他人の創作。
- 創作は呪いである。複雑怪奇なプロセスと学習コストを求められ、承認欲求や「肥えた観察眼」などの永続的な呪いに取り憑かれる性質がある。
- =創作は呪いを振りまく行為である。
というような図式が私の中の何処かにあり、一般意志クンには第三項を軽減してほしいわけです。ところが(特権主義者が常々そうするように)プロセスは簡略化されるどころかどんどん複雑化していく一方で、敷居はまるで下がらない。だからものづくりの本性自体に「愛想を尽かした」のかもしれません……。
絶望という言葉にはちょっとポップな響きがあるじゃないですか。そうではなく、心のブレーカーがパチンと落ちた感じなんですよ。無になった。
この数年、世の中の嫌なことや次々と襲いかかってくる悪意に対して、うわ、最悪だと思いながら、自分なりになんとか切り返せるんじゃないか、何かポジティブな方向に変換できるんじゃないかって一生懸命やってきたけど、パチンって。「あ、もういいや」と。世間に対して心が醒める感覚がありました。絶望というよりもあきれたという感じで。
いまは自分の音楽に希望や前向きなメッセージを込めようとか、そういう気持ちがまったくないんです。
https://brutus.jp/post-430694/


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