5分間1度も止まらずにキーボードを打ち続けてみた正しく思考する隙もない思想の投棄場
この記事を閲覧するにはアカウントが必要です。
雨。降りしきる雨。重たい。傘も貫通しそうだ。ああ、とにかくこの胸に去来するのは寂しさでも苦痛でもなくただただ虚というものだけで起伏もなくただ毎日が過ぎていき、その間にもおれたちの中の砂時計はゆっくりとすり減っている、つまり奴が足音立ててのそのそと近づいてきている、ゆっくりと日常に殺されていく、そうして伝えたかった事も見たかったものもすべて足りないままに土に還っていくのだ、それを延々繰り返すのだ、そこに善悪などありはせずわれわれの使命であり生物の目的だ。だったらなんだ?おれたちは死ぬ。自分を殺す自由を手に入れた。首を絞めても電車に飛び込んでも神は止めてこない、だれもおれたちのピリオドを邪魔するものはいない、そんな自由を手に入れた。おれらが求めていた自由を手に入れた。日々消耗。のうのう。毎日誰もかれもがそうだ。日々を誤魔化して生きている。生まれたときはそんなことはなかった。だから毎日泣き叫んだのだ。飽きもせず足りない頭を使って声を枯らして喚いたのだ。つまりおまえたちは諦めたのだ。そこからはずっと誤魔化して生きている。生きることを誤魔化しながら生きている。死ぬことを誤魔化しながら生きている。舌の根も乾かぬうちに嘘を重ねてゆく。上を目指しているようで実際死の引力からわずかほども逃れられてはいない。ルサンチマン。底辺の足掻き。いずれ等しく落ちる。飛距離を競っているだけだ。そこになんの意味がある?わかった、意味がないということに耐えきれないから人間様はそれぞれに意味を与えたのだろう。つまり天国地獄も人がつくりしもので、神が人を生み出したのではなく人が神を生み出したにすぎない。つじつまあわせ、なんと無様!ようするに生涯人間というのはこうも弱い生き物だったのだ。宗教なんて生み出しているやつらは他にはいない。その証左だろう。おれは見抜いた。すべては宇宙のぜんまいの一切れにすぎないと。ああ、それはすでに手塚治虫が見抜いていたよ。きっともっと前の人間も知っていた。知ったからなんだ?答え合わせの時間は訪れない、永久に!とにかくおれたちは自らの砂時計を目視できない。砂が減っていることだけは確かだが、勢い、残りの量など知る由もない。だのにやつらときたら、まるで砂が無尽蔵に上に貯蓄されているとおもっている。ある日突然、すべてが終わるかもしれないのに!そうとわかっていたら毎日毎日何時間もむだにして行きたくもない「社会人としてのまっとうな役目」用施設に通ったりはしないだろう。もし明日世界が滅びるとしたらやらないこと、すなわちそれらすべてはフェイクだ。偽物だ。偽物で生きている。毎日の多くの時間を。そうやっているからけっきょく砂は堕ちていく。いいや、むしろやつら、気づかぬうちに砂が切れるのを待ちわびているんだよ。
Comments ( 0 )
No comments yet.