aiとゎ
この記事を閲覧するにはアカウントが必要です。
AIイラストって明確に巧拙があるよね。生成が上手い人とそうでない人ではクオリティがまったく違う。クオリティというのも一般的な絵における「クオリティ」とは少し違う意味を孕むから大分複雑ではあるのだけど……。
よく言うじゃん、「AIイラストなんて誰にでも出来る」とか「簡単」とか「努力をしてない」とか。

全然そんなことねーから!!じゃあお前がやってみろや!!!
話が変わらないようで変わるんだけど、「ほならね理論」って基本的には無効であることが多い。例えば「サムネがつまらない」という評価は必ずしも「俺の方がもっと面白く作れる」という含意を内包しないため。つまらないというのは感覚の話であってプロセスの話ではないから。料理経験がない人間であっても、プロの料理人が作る料理に「うまい・まずい」の評価は下せる。だが素人には料理そのものの調理難易度を推し量ることは出来ないはず。もし推し量ったのなら、それは「俺にとっては簡単」という意味になり、これはプロセスで立証出来るはずなので「ほならね理論」は成立する。
このように、「一般には無効だが一部において有効」であったり、あるいはその逆であったりする理論というのがたくさんあるので、十把一絡げに「この理論は無効」みたいに覚えていると融通が利かなくなりやすい。覚えておきましょう。
で、話を戻しますけど、それこそAIエロで稼いでるような連中はプロンプトエンジニアリングの技量が高いことが多……い……多いかなぁ……。そうでもない気もしてきた……。上手い奴もいるけど……。
うーん。わかりやすい例を出しましょうか。

私が定義する「稚拙なAIイラスト」というのは、こういうのです。
絵画単体として見れば、もちろんほとんどの素人絵描きより上手いんです。骨格破綻もしてないし、塗りも綺麗だし。
ただ、現代ぷよならぬ現代絵壇では、”これ”はもはや通用しない。何故ならAI臭すぎるので。AIとは「絵柄の名称」なんです。生成AIで作られたから臭い、というのは本質ではなくて、共通する絵柄であるから臭いということ。AIという色眼鏡を取っ払ってみても、この「特定の絵柄」を大量に量産されている構図は、どう考えても邪魔だし飽きるし鬱陶しい。それによるデバフが、絵画単体としての巧拙や魅力をほぼすべて無効化するほどに大きいため、通用しないということ。
それこそ前わたしが作った↓こういう絵の方が通用する。


絵画としての技術力を落としても、量産された絵柄から離れることによるメリットの方がずっと大きいということ。
最初に言ったAIイラストの巧拙とは、大凡はこの脱臭の技術力のことを指します。どこまでやっても目利きの人にはもちろんAIであることはバレるんだけど、「バレる/バレない」のバイナリな評価にはならず、バレた上でどこまで脱臭できているかというのが技術力の指標になるし其れを考慮して人は絵を評価する。
そもそもこの脱臭がけっこう難しいので、AIイラストには巧拙があるという話でした。はい(笑)(ひろゆき)
AI絵ってモノクロの方がほぼ一方的に強いと思う。AI臭さは色塗りの特色による部分が多いので、モノクロにするだけでだいぶマシになる。
なんなら手描き絵でもモノクロの方がいい気がする。もう全部モノクロでいい。そっちのが人間の目の仕組み的には本質的だし。(桿体細胞>>>錐体細胞)
時間もかからないし手軽に魅力的に出来る。コスパが良すぎる。[[回転体]]さんもそう言っとります。
記事の感想を伝えられます。
感想レターを書く
定型文を選択
スタンプを選択