26-02-05-1521
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今日は誰かの誕生日。それだけ……。
Outer Wildsやってるけどイミフすぎて切れそう。重力2倍の土地で復帰できず死亡。
Question 1: 男性?
n
current confidence: 0.06747639999999999
Question 2: 実際に存在する?
n
current confidence: 0.0832499
Question 3: 闘う?
n
current confidence: 0.136706
Question 4: 学校に通っていますか?
y
current confidence: 0.2155
Question 5: 髪の色が黒、もしくは青い?
n
current confidence: 0.255465
Question 6: 音楽に関係してる?
y
current confidence: 0.414756
Question 7: スマホゲームのキャラ?
n
current confidence: 0.42489600000000005
Question 8: アイドル活動をしている?
y
current confidence: 0.5410900000000001
Question 9: 髪色は赤もしくはピンク?
n
current confidence: 0.539311
Question 10: お兄さんがいる?
n
current confidence: 0.492014
Question 11: 髪を結んでいる?
p
current confidence: 0.518284
Question 12: 物語の主人公?
p
current confidence: 0.5596070000000001
Question 13: 金髪?
y
current confidence: 0.681768
Question 14: コナミの作品に登場する?
y
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Question 15: 5人組?
n
current confidence: 0.925373
Question 16: 中学生?
n
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Question 17: フルネームで、7文字以上ですか?
n
current confidence: 0.981227
Question 18: 猫耳のキャラクターですか?
n
これで当てるのやるなぁ。「コナミの作品に登場する?」が鍵でしたね。
ヴァイオレットエヴァーガーデン9話、ストーリーの続きを挿入歌に語らせるとかいうあまりにも初見のメソッドが使われていてひっくり返った。すごすぎる。こんなんアリ!?
ストーリーと劇中歌がリンクするとか、そういうのはもちろんいくらでもありますよ。アニマスの千早回とか。でもモロにセリフの続きをそのまま歌に任せるっていうのは斬新すぎる。すごい(小並感)
異性愛には、兄弟愛や母性愛には見られない排他性がある。(…)じつは、彼らの愛は利己主義が二倍になったものにすぎない。
愛するということ, エーリッヒ・フロム
不正解:利己主義の拡張でない愛などないため。(教習所のクソ問)
親族ってエゴの拡張でしかなくないか。favoritismじゃん。身を捨てて子供を守ったって利己主義だ。自己犠牲は自己中心の極致ですから。自然愛だけだよ!この世で本物の愛は。いや、自然もエゴの拡張ではないか……。そもそもエゴとは心理的なものであって、その拡張が物理的に届かない範囲なんて存在しないから、「それはエゴの拡張だ」と言ってしまえば全てそのように定義できてしまう。もちろん距離はある。「自分」の範囲を「家族」まで伸ばすのと「アフリカの子供」まで伸ばすのでは難易度が違う。だが、それだけだとも言える……。
自分---家族---親友・恋人---友達---同僚・クラスメイト・ネッ友---同県民---同国民---同人種---人類---動物---植物---地球上のあらゆる現象---宇宙……というように、拡張の距離がある。ただこの距離というのは普遍的に定まっているわけではない。友達より動物の方が拡張が届きやすい場合もある。
ところが社会は多数決で「普遍的距離」を決めて、その都合上で運営しているわけです。いちおう申し訳程度に配慮をするフリはしているが、それは余剰資金で行われることであり、努力義務にすぎない。
社会という蟲が生きるにはそれしかないのだろうが、結局弾かれる者が生まれる。所属できない寄る辺のない人(outcast)がね。社会が彼らを守らないのなら、彼らが独自にコミュニティを築くしかない。こうして忍極的な意味での”極道”が生まれる。
ようは社会という器には嵩があって、いまサピエンスはこの器の嵩を大きく超えて注がれている状態なのです。必ず誰かが零れ落ちる。ところがテロや戦争が起きると大騒ぎして悪の個物化をし始める。すでに満杯の器に水を注ぎながら「溢れるのをやめろ」と言っている今の社会はイカレている。
え、なんの話? どこを始点にしても毎回社会批判で終わっている気がするな……。うーん、なんだろう、doing one’s bestはdoing the right thingを意味しないってことの理解が必要だという話なんですよね。チャーチルの「民主主義は最悪の政治形態だ、今まで試みられた他のすべての方法を除いて」みたいな。社会は最悪です、社会なりの最善を尽くしていることを除いて。というわけです。
https://huggingface.co/Aratako/MioCodec-25Hz-44.1kHz
たった今、DRITHの声優をすべて漏れが担当することが決定してしまった。
↓これでgradioで使用できるぞ!
import gradio as gr
import torch
import numpy as np
from miocodec import MioCodec, load_audio
# デバイスの設定 (GPUがあればGPUを使用)
device = "cuda" if torch.cuda.is_available() else "cpu"
print(f"Device: {device} を使用します")
# モデルの読み込み(起動時に一度だけ行います)
MODEL_NAME = "Aratako/MioCodec-25Hz-44.1kHz"
print("モデルを読み込んでいます...")
try:
model = MioCodec.from_pretrained(MODEL_NAME).eval().to(device)
SAMPLE_RATE = model.config.sample_rate
print("モデルの読み込みが完了しました。")
except Exception as e:
print(f"モデルの読み込みに失敗しました: {e}")
exit()
def convert_voice(source_path, reference_path):
"""
Gradioから受け取った音声パスを使用して声質変換を行う関数
"""
if not source_path or not reference_path:
raise gr.Error("ソース音声と参照音声の両方をアップロードしてください。")
try:
# 1. 音声のロード
# miocodecのload_audioはファイルパスを受け取り、Tensorを返します
source = load_audio(source_path, sample_rate=SAMPLE_RATE).to(device)
reference = load_audio(reference_path, sample_rate=SAMPLE_RATE).to(device)
# 2. 推論 (Voice Conversion)
with torch.no_grad():
vc_wave = model.voice_conversion(source, reference)
# 3. 出力用に変換
# TensorをCPUのNumPy配列に変換し、形状を整える (例: [1, 1, T] -> [T])
output_audio = vc_wave.squeeze().cpu().numpy()
# Gradioは (サンプリングレート, 音声データNumpy) のタプルを受け取ります
return (SAMPLE_RATE, output_audio)
except Exception as e:
raise gr.Error(f"変換中にエラーが発生しました: {str(e)}")
# Gradioインターフェースの構築
with gr.Blocks(title="MioCodec Voice Conversion") as demo:
gr.Markdown("# MioCodec Voice Conversion WebUI")
gr.Markdown("MioCodecを使用して、ソース音声の声質を参照音声の声質に変換します。")
with gr.Row():
with gr.Column():
input_source = gr.Audio(
label="ソース音声 (変換したい声)",
type="filepath"
)
input_reference = gr.Audio(
label="参照音声 (なりたい声)",
type="filepath"
)
btn_convert = gr.Button("変換開始", variant="primary")
with gr.Column():
output_result = gr.Audio(
label="変換後の音声",
type="numpy"
)
# ボタンクリック時の動作設定
btn_convert.click(
fn=convert_voice,
inputs=[input_source, input_reference],
outputs=[output_result]
)
if __name__ == "__main__":
# share=True にすると外部からアクセス可能なURLが発行されます
demo.launch(share=False)

meirl
半沢直樹観てたら土下座したくなってきた。浅野が土下座要求されるシーンで長年冷めていたlust-crazedリビドーががが……。やっぱり奴隷になってみたい。とりあえず都合1年くらい……。
テカサー……そういうのって若さが武器なところかなりあるし、本当に取り返しがつかなくなる前になってみた方が良いんじゃないだろうか。いや、取り返しがつかないのはどちらか……。しかし間違いは若いうちにしておく方が良いには決まっている。
うーんうーんうーん。難しいなぁ。そもそもなぜ藍ちゃんは奴隷になりたいの? それは「なぜリンゴは美味しいの?」とか「なぜ空はきれいなの?」と聞くようなものです。なんでかわかんねぇけど……やりたかったんだ どうしても……。

meirl
motorboatという動詞があることを知った。英語って超局所的な行動にも名前があってすごすぎる。
https://x.com/81I6VVboj7h2Bqy/status/2019400799512875350
インターネットオタクの戯言かと思ったら学問上の実在の概念で目から鱗。
受け手の認知能力に不当に依存した指示はアンチユニバーサルデザイン的ってことですよね。健常者なら分かるがASDには分からない指示というものが存在して、それは発信者側のフレージングの努力によって双方に伝達可能な指示に変形できるのに、それをしないのは怠慢だろうと。確かにね。
しかしこの話には本来続きがあって、「具体性テスト」というものもあるんですね。
問題の解決のためには行動をできるだけ具体的に定義する必要があるため、その行動が行動分析学で扱えるだけ具体的かどうかを確認するものが「具体性テスト」です。ターゲットとする行動が決まらなければ効果的な行動改善ができないため、「どれだけ具体的であればいいか」という疑問に対する回答ができなければ解決に向かうことができません。
例えば「試験勉強をする」というのは、具体的ではありません。何をどの程度勉強したのか分からないからです。教科書を読んだのか、計算問題を解いたのか、漢字を練習するのかという具体性にかけます。
同様に、「清潔にする」「ダイエットする」というのも具体的ではありません。具体的なのは、例えば「計算問題を10問解く」「トイレの後で、手を洗う」といったものです。
https://www.hope.mark-no-juku.com/lshope/2019/01/21/post-600/
このふたつを両方満たして初めて行動たり得るとのこと。はえ~。確かにって感じ。
死人テストは受動態と否定形の指示をすべて排除して、具体性テストは5W1Hを深化させるのね。
しかしこの場合「人を殺さない」みたいなdirectiveはどうなるんだろう。ヒト以外の殺傷可能な生物(e.g.ゴキブリ)を羅列して「~のみを殺す」とでもするんだろうか。
応用行動分析のWikipedia見たけど、おもしろっ!って感じだ。ムカデに足の動かし方を意識させる学問という感じもあるけど、それより何より”面白い”。わたくし、これ専修したいです。こんなに優しい学問見たこと無い。
行動分析学では、行動の原因を「脳や神経系」「性格や能力」「やる気の有無」「愛情不足」といった個人の内部要因に求めることはしない。このような説明は、問題の本質を明らかにせず、個人に責任を転嫁する、「個人攻撃の罠」と呼ばれる。
例えば、「お酒をやめられないのは意志が弱いからだ」という説明は、「お酒をやめられない」という事実をもとにその人を「意志が弱い」とみなし、その「意志が弱い」という評価を根拠として再び「お酒をやめられない」と説明している。この場合、原因と結果が入れ替わっており、同一の内容を言い換えて繰り返すだけの論理構造となっている。「AだからBだ」「BだからAだ」といった形式をとるこのような説明は、典型的な循環論法にあたるものであり、問題の実質的な原因分析や解決には結びつかない。
行動分析学においては、行動の原因としてまず「現在の環境要因」が最も重視され、次いで「過去の環境要因」が考慮される。
弱化は最後の選択肢であり、特に嫌悪刺激の提示を伴う正の弱化に関しては、「いかなる理由があっても用いるべきではない」とする専門家も多い。
この歌詞アタチのことだ……。
教育的介入の目的は「望ましくない行動を止める」ことではなく「望ましい行動を増やす」ことなんですね。これは額縁に飾っておきたい言葉だ。
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